(全く…この時期は浮かれた生徒が多い。学生は節度を守り勤勉であるべきだ)
氷室が職員室に戻ろうとした時、後からパタパタと聞き慣れた足音と共に彼を呼ぶ声がした。
「…コホン。私に何か用か? 彼を呼び止めた女子生徒は彼のクラス、氷室学級のエースであり彼の顧問とする吹奏楽部でも活躍する彼の自慢の生徒だ。
氷室は彼女の手に大きな包みを見留めた。
途端に氷室の端正な顔にうっすらと赤みがさした。
(私に渡そうというのだなチョコレートを…何も問題ない。先程の様に答えれば良いだけだ…)
「全く、君は…。教師に贈るチョコは職員室脇のチョコ受け付け箱だ。君も知っているだろう?」
彼女は哀しそうな眼差しで彼を見つめた。
「かしてみなさい。」
氷室は彼女の手から包みを受け取った。大きな包みを開けると中からハート型のチョコレートが出てきた。
「立派に出来たじゃないか。苦労したろう?」
彼女は嬉しそうに微笑んだ
「…今回は特別に受け取っておく。くれぐれも他の生徒には口外しないように」
(又、彼女のペースにはまってしまった…しかし彼女の眼差しは私を混乱させる)
彼女が嬉しそうに遠ざかるのを見つめながら氷室は包みを手に踵を返し職員室に向かった。
氷室がこの混乱の意味を知る日迄はそう長くは無いだろう。