「くう〜。あちぃ〜。でも急がねぇとアイツ待ってるしなぁ…。」
季節は残暑が厳しい8月。はばたき学園3年生、鈴鹿和馬は学園に続く坂道を全速力で走っていた。
「この俺が休日にバスケの練習以外でガッコに行くなんてなぁ…。けど、アイツが勉強教えてくれっからなぁ…」
学園の校門が見えてきたので鈴鹿はラストスパートをかけた。校門前には彼が待ち合わせしている彼女の姿ともう一人…。
「ひっ、氷室!?なんでいるんだぁ!?」
鈴鹿が天敵とするはばたき学園の数学教師が彼女の隣に居た。
「鈴鹿、君は時間を守る事が出来ないのか?集合時刻はとうに過ぎている。急ぎなさい。」
一列に並び図書室に向かう3人。鈴鹿は小声で彼女に尋ねた。
「なんで氷室のヤローが居るんだよ?これじゃ補習と変わらねえぜ。」
「ゴメンね。カズくん…。先生に日曜日の予定を尋ねられて、カズくんと勉強するからって言ったら…勉強を見てくれるって言ってくれたから…。」
彼女は軽く手を合わせてゴメンと囁いた。
「ちっ、しょうがねぇなぁ…。いっちょ刺身になったつもりで頑張るか。」
「着いたぞ。入りなさい。」
氷室に促され図書室に彼らは入っていった。氷室は自身が作成した特製プリントを鈴鹿の前に置いた。
「鈴鹿、これは君の能力に合わせて作ったものだ。制限時間は1時間とする。始めなさい。」
氷室の担当の数学は勿論、国、英、社、理と全て揃っていた。
「カズくん頑張ろ!私も手伝うから。」
彼女の応援で鈴鹿は少し元気が出てきた。
「おっ、おう!頑張るぜ。」
「…コホン。君にはこのプリントを作成してきた。」
彼女が受け取った問題用紙を鈴鹿は横目でちらっと見て愕然とした。
「なっ、なんだぁ!?その問題は?まだ習ってねぇじゃん!」
つい、問題のレベルの高さに驚いて声を出してしまった。
「鈴鹿、図書室では静かにする様に。…コホン、彼女に渡したプリントは去年の一流大学の試験問題だ。彼女なら解く事が可能な筈だ。分からないところがあるのなら随時質問を受け付ける。では、始めなさい。」
氷室の作ったプリントは的確に鈴鹿の弱点を指摘してきた。鈴鹿が問題に取り組んでいる間、隣に座っている彼女は彼よりもハイレベルな問題を氷室と共に解いていった。
(ちっ。なんか面白くねぇぜ…。)

楽しそうに問題集に取り組む二人を横目に鈴鹿は確実にストレスと傷心度のパラメーターを上昇させていった。
「はぁ〜んな事なら家で寝てりゃ良かったぜ…」
遅々として進まない問題集を睨みつけて溜息をつき机に突っ伏す鈴鹿に気付いて氷室が言った。
「鈴鹿。真面目に取り組みなさい。」
突っ伏した顔を上げた鈴鹿の荒みきった表情に思わず氷室は言葉を失った。
「鈴鹿?一体、どうしたんだ?」
「別に。ちと気分が悪いだけだ。」
「暑気にやられたのか?保健室で少し休んでくるか?」
「あ…そうしようかな。」
(ん?待てよ?俺が居なくなったらアイツとセンセ二人っきりになるじゃんかよ!それだけは、絶対、させないぜっ!)
「や、やっぱ、やめときますっ!」
「しかし、気分が悪いのだろう?無理はよくないぞ?」
「だ、大丈夫だって言ってるだろっ!」
(ぜってぇに氷室のヤローと二人っきりにだけはさせないぜ!)
個人的な譲れない意地を理由に鈴鹿は問題集に再び取りかかった。
室内は異様な雰囲気に包まれていった。