12月。街はクリスマスのイルミネーションに彩られクリスマスソングの軽快なメロディに包まれ一年中で最も楽しそう時期を迎えている中、一人不機嫌そうにその様子を見つつ信号待ちをしている男性が居た。
彼は苦々しげな面もちでそれらを一瞥しアクセルを思いっきり踏んで進行方向を郊外に定め車を走らせた。
車はみるみるうちに街中を離れ流れる景色からは溢れる色彩は消え失せ風を切る音とエンジン音のみになった。
夜のはばたき山へ向かうスカイラインは車の通りも少なく時折、すれ違う長距離トラックに注意をすればいいだけだった。
彼はまっすぐに前方を見ながら数日前を回想し始めた。
彼、氷室が不機嫌になった理由…
(全く…理解出来ない。
何故、彼女は拘るんだ…)
彼はアクセルを思いっきり踏んで加速させた。



数日前、彼は最愛の相手とドライブデートを楽しんでいた。
彼は相手の話に耳を傾けながら満足そうにハンドルを握っていた。

「…でクリスマスは零一さんと過ごしたいと思うのですが駄目でしょうか?」
彼女は期待に瞳を輝かせて尋ねた。
「無理だ。毎年、クリスマスには理事長主催のクリスマスパーティに参加が義務づけられているからな。」
彼女は頬を少し膨らませ不服そうな声を出した。
「どうしても駄目ですか?」
「何度も言わせるな。毎年恒例だとは君も知っているだろう?それに何もクリスマスに拘る事も無いだろう?会おうと思えばいつでも…」
氷室は彼女の恨みがましい眼差しに気付き言葉を切った。
「零一さんの…バカ…」
彼女はふいっと顔を背けて視線を景色に向けた。
「バカ?俺も君がこんなに理解能力が欠けた人間と思わなかった…」

売り言葉に買い言葉で彼らは言い合い始め車内には微妙な空気が流れ始めた。
彼らはそれから終始無言を徹しせっかくのデートは散々な結果となった。
別れ際にも言葉を交わす事は無く彼女は無言で車から降り自宅へと入っていった。
彼は帰宅後、珍しく就寝前に酒を飲んで床に就いたのだった…

氷室は苛ただしげに呟くと目的の場所へと車を滑り込ませた。
車を止めてそのまま座席を倒す。
この場所は彼が一人になりたい時に赴く場所だった。車窓からは宝石箱を散りばめたかの様な星空が広がっていた。
車内の時計は23日午後11時を表示し緑色の光を放っていた。
黄色い座席シートに体をもたせかけ彼は聴くとも無しにラジオのスイッチを入れた。
ラジオからは聴きなれたクリスマスナンバーが流れ女性のDJが軽快に話し始めた。

〜♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜明日はクリスマスですね!皆様はどんな聖夜を過ごすのでしょうか?
大切な人と過ごせると良いですね!
では、素敵なクリスマスを!
♪〜♪〜♪〜♪〜♪〜

「大切な人…か。過ごそうにもその相手とは…
俺のせいか…」
彼は携帯電話を取り出しじっとしばらく見つめて自嘲気味に笑い携帯をダッシュボードに置いた。
「こんな夜遅くに電話をしようなど我ながらふざけているな…」
彼は座席シートを起こしてエンジンをかけて車を発進させた。
車ははばたき山を後にし静まりかえった商店街を通り過ぎていった。
児童公園を通り過ぎようとした時、彼は自身に対し手を振り呼びかける相手に気付き車を停めた。
相手は車に向かって走り寄って来た。
「ねぇちゃんを知りませんか?」
相手は彼女の弟だった。
彼は不安そうな面もちで氷室を見つめた。
「いや…知らないが?どうかしたのか?」
「ねぇちゃん、まだ帰って来てないんです…
奈津実ねぇちゃんや珠美ねぇちゃんも知らないみたいだし…」
氷室は助手席側のロックをすぐさま解除し相手に乗るように促した。
「早く乗りなさい。探しにいくぞ。」

相手が乗り込むと彼はすぐに車を急発進させた。
「彼女の行きそうな場所の他に心当たりは無いのか?」
「ねぇちゃんの行きそうな場所…先生の家とか?」
「私の家?確かに彼女は自宅の住所を知ってはいるが…」
「じゃあ、多分…ねぇちゃんそこに居ると思います。」
「待ちなさい。一つ心当たりがある…私の予測が合っているとすればだが…」
氷室は一路、学園を目指し車を走らせた。
「学校…」
不審そうに尋ねる相手に構う事もなく彼は車から降りた。

氷室は尽の問いかけに応じる事無く学園の外れを目指した。
時刻は既に午前零時を指し示そうとしていた。
ちらちらと空から白いものが舞い落ちて彼の肩を濡らした。
「雪か…急ごう。」
学園の外れの教会の入り口には悴んだ手を温めるかの様にさすりながら彼女が佇んでいた。
氷室の呼びかけに驚きながらも嬉しそうに微笑んだ。
「凄いなぁ!先生、何で…ねえちゃんがここに居るって分かったんですか?やっぱり愛の力って奴?」
後ろから彼を追いかけてきた彼女の弟は息を切らしながら彼に問いかけた。
「…コホン。彼女の今までの行動ルーチンを元に導き出しただけだ。彼女は悲しくなるとここへ来るという習慣性があるようだからな。」
氷室は彼女に近付き向き直り頭を下げた。
「済まない。君がこんなにも傷つくとは思わなかった。さあ、ここは冷える帰ろう。」
彼女はこくりと頷き彼の手を掴んだ。
「では自宅迄、送っていこう。尽くんも…?」
氷室は尽の姿を探したが忽然と彼の姿は消え失せていた。
「先に行っているのか?」
車へ戻るとバンパーに走り書きされたメモが一枚。


未来のお兄さまへ

偽装工作完了!ねえちゃんを幸せにしてやって下さい!では!

ねえちゃんへ

俺って気が利く弟でしょ?頑張れよ!


「ませた弟なんです…。」
彼女は俯き溜息をついた。
「ませている以前の問題だな…。」
氷室も溜息をついた。
「で、彼の記述してある偽装工作とは一体なんなんだ?」
「多分…私がなつみんちかタマちゃんちに泊まっているとでも…」
「そうか。では私は君を彼女の自宅のどちらかに送り届ければ良いという訳だな?」
氷室は車のドアを開けて彼女を促しエンジンを入れた。
「ここからならば紺野の自宅が一番近いな。」
「あの…無理そうです…」
彼女が怖ず怖ずと携帯画面を見せながら氷室に言った。
「無理とは?」
携帯画面を見るなり氷室は顔を真っ赤にして唖然とした。
「君たちは…一体…」
氷室は思わずダッシュボードに突っ伏した。
「いや…なんですか?」
氷室の顔をのぞき込み不安そうに見つめる一対の眼差しに彼は苦笑を浮かべた。

氷室は一瞬、狼狽えかけたが彼女を真っ直ぐ見つめて答えた。
「いや…では無い。私とて男だからな。しかし、こういうやり方はフェアでは無い。君のご両親を騙して迄、君を手に入れようとは思わない。」
彼女は瞳に涙を溢れさせて頷いた。
氷室は彼女の溢れる涙をそっと指先で拭い彼女の顎を上向かせると口唇を重ねた。
彼女は彼に応じて口唇をうっすらと開けて彼の首に腕をまわした。
歯列をなぞり間に舌を割り込ませて深いキスを二人は続けた。
彼女の腕に力が入らなくなったのに気付き氷室は彼女から口唇を離し、そっと抱きしめて囁いた。
「キスだけでもこの様になるなんてな。まだ子供だな。君は。」
「いきなり…だからですっ!零一さんの意地悪…」
彼女は頬をぷくっと膨らまして視線を逸らした。
「しかし、結果的にはこうして君とクリスマスを迎えてしまったな?知っているか?宗教的なものでは24日の方が重要な意味を占めるんだ。」
苦笑を浮かべ彼女から身体を離すと氷室はコートのポケットから小さな包みを取り出した。
「メリークリスマス。これが君に対する私の気持ちだ。」
彼女がそおっと包みを紐解くと中からブルーの小箱が現れて蓋を開けると中央にリングが収められていた。
「少し早いかも知れないが…その…エンゲージリングだ。」
「ありがとうございますっ!」
彼女は氷室の胸に飛び込んで顔を埋めた。彼はそんな彼女を愛おしげに抱きしめて瞳を閉じた。
(礼を言うのは私の方だ。君が傍に居てくれるだけでこんなにも満ち足りた気持ちになるのだからな。ありがとう。)
「では時刻も遅い。君のご両親に悪印象を与えたくは無いからな。送って行こう。」
「はい、お願いします。」
「では君はアリバイを考えておきなさい。」
「うっ…分かりました。」

二人は笑い合いながら軽い心持ちで帰途についていった。




メリークリスマス!
やっと更新出来ました←遅すぎっ!バカ!ヘタレっ!
で…焔さん…とうとうディープっすか?
ヤバイねぇ…ははは…
次はバレンタインです!はひ