2月14日バレンタイン。氷室は普段通りに起床し身支度を整え出勤した。
職員室に足早に向かおうとする氷室を呼び止める声に氷室は振り返り立ち止まった。
彼が顧問をしている吹奏楽部の部員の女子生徒が不安そうにチョコレートを持ち彼の顔を窺う様に見つめていた。
「どうした?私に何か用か?。」
「これ…先生に貰って欲しいなぁと…」
「教員宛てのチョコレートは職員室脇のチョコ受付箱に入れておきなさい。以上だ。」
女子生徒ががっくりとうなだれるのも気にせず氷室はそのまま踵を返して職員室に向かって行った。
職員室脇のチョコ受付箱には既に何点か入っている様だった。
氷室は興味なさげに通り過ぎ自身の席に落ち着き授業の支度を始めた。
「おはようございます。氷室先生。」
「おはようございます。本田先生。」
氷室に話しかけたまだ年の若いバスケ部顧問の教師は人懐っこい笑みを浮かべながら彼に聞いた。
「氷室先生はチョコレートを幾つ貰いましたか?」
「本田先生…何度も言ってますが、私は生徒からの贈答品は受け取りません。故に私宛のチョコレートは平等に分配なさって下さって結構です。」
氷室はまた授業の支度に取りかかろうとした。
「そうかぁ。本命にしか貰わないと…そうなんですね?」
「な、何を言いたいんです?あなたは?」
狼狽える氷室を面白そうに見つめて
「例の彼女さんから貰うんですよね?良いなぁ…私もそういう相手が欲しいものです。」
氷室は次第に顔が赤くなっていくのを感じながら俯き授業の支度を進めていった。
「さて、私も授業支度をするとしますか。まあ、独り者が幸せな人間をからかいたくなる気持ちを分かって下さい。」
氷室にそういうと彼は職員室から出ていった。
氷室は溜息をついて苦笑いを浮かべた。
「幸せか…否定は出来ないな。」
氷室は立ち上がりHRの為に教室へ向かって行った。

彼の担任するクラスに着くと教室の中から騒々しい声が聞こえてきて彼は険しい表情で扉を開けた。
「静かにしなさい!」
彼の一喝でクラスには静けさが戻った。
彼は満足そうに出席を取り始めた。

出席を取り終わり氷室は少し表情を和らげ出席簿を教卓に置いた。
その様子を見てとある生徒が挙手をした。
「はい!先生!」
「質問か?発言してみなさい。」
「先生は今年のバレンタインに彼女さんから貰うんですか?」
氷室はまた顔が赤くなっていくのを感じながらも平静を装うと努力を試みた。
「き、君には関係ない!その質問には返答しかねる。以上っ!」
貰うんだ…とかの生徒からの反応に聞こえない振りを決め込み彼は出席簿を手にし
「ではHRは終了する。各自、教科担任が来る迄、自習をしておくように。以上。」
氷室は足早に教室を出ていった。


吹奏楽部の活動も終わり彼は帰宅の支度を整え教員用駐車場に向かって行った。
彼の車の傍には大きな箱を手にした女性が微笑を浮かべて立っていた。
「君か?待っていてくれたのか?」
「はい、とても。冗談です。零一さんの時間はいつも同じだからそれに合わせたので平気です。」
彼女はクスクスと笑うと彼に箱を手渡した。
「今回は普通に受け取ってくれますよね?」
彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて瞳をキラキラさせながら首を傾げた。
「君からの贈り物を断る理由なんて無い。ありがとう。しかし…大きいな。」
彼は苦笑を浮かべて箱を受け取った。
「私の愛の比重に合わせてみたら大きくなりました。中身は甘さ控え目のチョコレートケーキです!」
氷室は笑いながら箱を少し開けて
「立派に作ったものだな。一人で食べるには大き過ぎる。今から私の自宅へ行こう。責任をとってもらわなければな。」
「責任…ですか?」
「ああ、生菓子だから本日中に消費しなければならないだろう?制作者である君にも手伝ってもらわなければならない。」
彼女は嬉しそうに頷いて氷室の腕に掴まった。
「こ、こら!誰かに見られたら…問題無いか…。」
彼はケーキの箱を車のフロントに置いて彼女の手を取り瞳を閉じて抱きしめた。
しばらくそうして抱きしめていると突然の咳払いの音が聞こえ彼は瞳を開けて狼狽えた。

咳払いの主は学園の理事長、天之橋だった。
「氷室君、学園の中では少し…控えてもらいたいものだね。若さ故とは思うが…。では、お邪魔の様だから失礼させてもらうよ。」

「り、理事長!待って下さい!」
氷室の叫びも虚しく天之橋はさっさと車に乗り込み走り去っていった。
「大丈夫ですか?」
心配そうに覗き込む彼女に気付き安心させるように微かに笑いかけ
「問題無い。君は気にするな。理事長は言い触らす様な事をする様な方では無いからな。」
「そうですね。」
彼女は氷室の胸にそっと顔を埋めて瞳を閉じた。
「では、行くか。ついてきなさい。」
「はーい!」
彼らが車に乗り込み走り去っていくのを数人の生徒が目撃しているという事実を彼らは知らない…

END

バレンタイン合わせで甘いものを書こうと思ったのですが(泣)
またもやヘタレちっくに…
ごめん…センセ(泣)