4時限目が終わり氷室は職員室に向かっていた。突然、氷室は後ろから呼び止められた。
「氷室先生!!」
踵を返して振り返る氷室の顔には微かな驚きの色が現れた。
「…君は誰だ?ここは高等部だ。君は中等部の生徒ではないのか?速やかに自身の属する校舎へと戻りなさい。」
はばたき学園の中等部の制服に身を包んだまだあどけなさが残っている顔の少年が氷室を見上げて笑いかけていた。どことなく…氷室のよく知る誰かに似ている彼は白い手提げ袋から手作りのパッチワーク製の可愛らしい巾着袋を取り出して氷室に向かって言った。
「初めまして。いつも姉がお世話になっています。 」
「…君は。そうか、彼女の弟か。」
氷室は疑問符が解けたので安堵の溜息をついた。
「今日は姉から頼まれてこれを渡しに来ました。」
少年は巾着袋を氷室に手渡した。
「これは?」
「何って、愛妻弁当ですよ。未来のお兄さま。
最近、暑い日が続くからしっかりと食事を取って貰いたいと、ねーちゃんの精一杯の心配りですよ。じゃ、俺、ちゃんと渡しましたから!
氷室先生がさっさとねーちゃん貰ってくれたら校則をきちんと守れるんですけどね〜。」
少年はいたずらっぽい笑顔を向けて氷室を注意をかわし、さっさと走り去った。
「ま、待ちなさい!
こら、廊下を走ってはいけない!」
氷室は走り去る少年に注意したが少年は振り返る事はなかった。
(…全く、君といい、君の弟といい…私は振り回されてばかりだな。)
氷室は溜息をついてまた職員室へと向かい歩きだした。彼の顔は満足そうに笑っていた。

氷室は職員室の自身の席に着くと早速包みを開いた。二段重ねの弁当箱と別添えにデザートの入った容器と手紙が同封してあった。
氷室は手紙を開いた。

‥*零一さんへ*‥
期末テストの準備は大変ですか?先日 疲れていた様だったので何か力を付けて貰いたいなと思ってお弁当作りました。
零一さんの好きなものを入れたかな…
とは思うんですけど…
違っていたらすみません
では。 


シンプルな罫線だけの便せんに見慣れた文字が連なっているのを見て氷室は自然と口元がほころぶのを抑えることが出来なかった
「氷室先生 なんか嬉しそうですすね?」
「本田先生!?」
いきなり声をかけられて氷室は焦った。
本田先生、確かあなたはいつもは食堂を利用しているのでは無かったのでは無いですか?」
「実は今月、ピンチなんです…いや、お恥ずかしい…。」
隣席の教師は首を竦めて言った。コンビニの袋からおにぎりを取り出して食べ始めた。

「本田先生、若いあなたがそれだけで足りるのですか?」
「…はあ、食べたいのは山々なんですけどですね…先週ウチのバスケ部が活躍しましてね、大盤振る舞いで打ち上げしてしまい…この様です。」
本田は言葉とは裏腹に満足そうな顔をしていた。
「では本田先生、これを…。一日に必要な栄養素は摂取出来る筈です。」
氷室はいつも持参しているアルミニウム製の弁当箱を取り出して本田に渡した。
「えっ?本当にいいんですか?ありがとうございます。」
まだ若い隣席の教師は氷室からの弁当箱を喜んで受け取った。
「氷室先生の分は…ああ、いいなぁ〜例の彼女の手作り弁当ですか。」
本田はライ麦パンにチーズを挟みながら言った。
「早く食べないと休み時間終わってしまいますよ?」
「…分かっています。」
氷室は本田の好奇の視線を気にしながら蓋を開けた。中にはタコの形になったウィンナーに甘そうなほうれん草入り卵焼きに空揚げと子供の好きそうなメニューが詰め込まれていた。
(彼女は私の好きそうなものにした筈では?)
恐る恐る下の段を開けてみると三色そぼろご飯にさくらでんぷでハート型が描かれていた。
絶句した氷室は無意識に蓋を閉めていた。
氷室は自身の顔が紅潮していくのを感じた。
隣席の教師は机に突っ伏して笑いを堪えていた。周囲の教師達も本田の様子に気づいたみたいだった。
氷室は弁当箱を包み直し席を立った。上擦った声音で失敬。と一言残して。
氷室は音楽室へ向かい入室すると、生徒用の机に座り弁当にとりかかる事にした。
(彼女は一体…何を考えているんだ…しかし、折角こさえてくれた訳だしな。)
「フム、やはり彼女は料理が上手いな…。たまにはこんな食事も悪くはない。」
氷室はフッと満足そうに笑い箸をすすめていった。
「尽?きちんと渡してくれた?」
ノックをして部屋に入ってきた姉に彼は悪戯っぽい笑みを浮かべ空になった弁当箱を二つ手渡した。
「あれ?珍しいね。アンタが洗って返してくれるなんて?」
弁当箱を受け取り不思議そうな顔をする姉に彼は答えた。
「ああ。それ?氷室先生が洗ってくれたんだよ。」
「え?なんで?アンタの食べた後の弁当箱を零一さんが洗うのよ?」
「だって、そっちを愛妻弁当って渡したからさ!氷室先生ビックリしただろうなぁ〜♪」
「あれはアンタがこういうのを食べたいからって言うから作ったのよ?」
「愛妻弁当だったら、ああいうのが基本だろ?あ〜先生の蓋を開けた時の顔、見たかったぜっ!」
「こらっ、尽っ!」
顔を耳まで真っ赤にして怒鳴る姉におっかねえ〜と首を竦めて舌を出し尽は部屋から飛び出すように走り去った。
「本当に世話のかかる姉だよな。愛妻弁当っていったらクラブハウスサンドなんかじゃダメだっつーの」。
トントントンと階段を降りながら尽は不器用な二人を思い溜息をついた。






反省文…初めてカモですね…感想を交えるのは(苦笑)長年の読者であるえみからのリクだったんで(笑)センセ暴走!←センセじゃない…ジブンで書いておきながら音楽室にて黙々と弁当食べるヒムロッチに涙