「零一さん、何か食べたいものはありますか?」
比較的空いている昼下がりのスーパーマーケット内でプラスチック製のスーパーに備え置いてある籠を持つ氷室に問いかける明るい声に彼は呆れ顔で応じる。
「食べ物の好き嫌いは特には無いと言っただろう。メニューは全て君に任せる」
「それじゃあ作り甲斐ないじゃないですか?好きな人に好きなものを作ってあげたいのに」
膨れっ面で手にした缶詰めを氷室の提げる籠に入れた彼女は彼を軽く睨みつける。
「君の作る料理ならどれでも俺の好物だから問題ない」
軽く咳払いをし赤面する顔を悟られないように眼鏡をかけ直す相手に彼女は思わず抱きつく。
「こら、往来でそのような行為は控えなさい!人が見ているっ!」
慌て焦る相手に彼女は悪戯っぽい笑みを浮かべて
「零一さんって恥ずかしがり屋なのに、そういう台詞をいうんですよね」
「こら、大人をからかうんじゃない」

「お、氷室センセじゃないですかぁ?元気してました?」
「き、姫条!?」
氷室に声をかけたのは彼の学園の卒業生、姫条まどか。彼は面白そうに二人を交互に見ながら、
「いや〜、相変わらずラブラブやん。お二人さん。俺もあやかりたいですわ〜!」
「姫条っ!」
「姫条くんっ?」
「んな、照れんでもエエやないですかぁ。って……いてっ!」
調子に乗って氷室をからかう姫条は突然現れた人物に蹴りを入れられた。
「こらっ!まどかっ!荷物持ちが逃げるんじゃないのっ!」
「藤井か?」
「あ、ヒムロッチ。お久しぶり〜。なになに、ヒムロッチと澪、デート中?」
好奇心いっぱいの眼差しで尋ねてくる相手に氷室は溜息をつく。
「デートではない。単なる買い出しだ」
「うん。零一さんの誕生日をお祝いする為にご馳走を作ろうと思って買い物に来たんだ。でもね、零一さん好きなものとか教えてくれないから、なかなかメニューが決まらないんだ」
彼女は氷室を横目で睨みながら藤井にいきさつを説明する。
「ヒムロッチ、それはヒムロッチが悪いよ」
藤井にいきなり怒られて氷室は口ごもる。
「澪はヒムロッチの好きなものを作って喜んでもらいたいんだよ?」
「しかし、私は特に好き嫌いがない。故に好きな食べ物と問われても返答に困る」

「なんや?センセ、好き嫌いないんですか?」
「ああ、全くない。食べ物の好き嫌い等、ナンセンスだ」
表情を変えることもなく冷静に応える氷室に姫条はニヤリと笑い
「へえ。奈津美、俺達もセンセの誕生日会にお邪魔させてもらうで!」
「ちょ、ちょっと、まどか?いくらなんでもお邪魔だよ?それは」
流石の藤井も二人に気を遣って姫条を窘めるが姫条は氷室に半ば挑戦的な態度で
「センセの好き嫌いがないという事実を確認させてくれますよね?」
「私に対して挑戦するというんだな?よかろう。その挑戦、受けてたとう」
愉しそうに含み笑いを浮かべながら氷室は姫条の挑戦を受ける。
「ほんなら覚悟しといて下さいよ!センセっ!
「全く、男って……」
呆れ顔で二人を交互に見つめる藤井の腕を引いて姫条は人ごみの中へと消えていった。
「姫条くん……」
「では、私たちも買い物を続けるとしよう。そうだな、君が在学中に夏合宿で作ってくれた羊の肉を使ったカレー、……サグマトンを食べてみたいな」
「零一さん……。サグマトンですね?わかりました!」
嬉々としてスパイスコーナーへと走っていく彼女の後を追いながら氷室は確かに態度が良くなかったかも知れないなと独りごちた。

同時間、とある同スーパーの一角で藤井は思わず叫んだ
「姫条、たこ焼きをつくるのになんで、そんなものを買うのよ?」
「センセをギャフンと言わせるんなら入れんといかんやろ?」
「でもさ、それ間違えて自分で取っちゃうかもよ?」
「………考えとらんかった。ホンマにそうやな。たこ焼きにしたらわからんくなるわ」
指摘され手にした蝗の佃煮を肩を落として戻す相手に藤井は盛大に溜息をついた。
「一般的に食べられるものにしようよね?せめてさ……アンコとか」
「アンコか?エエアイデアや!奈津美!よっしゃ、ほな次はあっちに行くで!」
「アンコ入りのたこ焼きって……正直、好き嫌いと関係ないように思えるよ……アタシ。ヒムロッチ、澪ゴメンね……」
暴走する姫条を制御出来ない藤井は心の中で二人に対して手を合わせて謝った。

「沢山、買ったものだな」
買い物を済ませ買い物袋を両手に提げた氷室は呆れ顔で駐車場へと向かう。
「特別な日ですからね。美味しいものを沢山、食べてもらいたいですから」
「全く。姫条と藤井を入れても4人で食べきれるのか?」
「うーん。きっと大丈夫ですよ」

「あ、零一兄さん!」
談笑しながら駐車場へ向かう二人に手を振り声をかけ走り寄ってきた相手に彼らは歩みを止めた。
「格くん?久し振りだねえ。」
「はい。この前は失礼しました」
「その様子だと上手くいったみたいだね?」
彼女は格の後を追いかけて少し息を弾ませている少女に優しく微笑みかける。
「あ、初めまして。わたし水瀬立夏っていいます」
ぺこりと礼儀正しく頭を下げる相手に氷室は在学中の彼女を思い出して思わず笑みを浮かべた。
「零一さん、浮気は駄目ですからね?」
「浮気?なにをいきなり言い出すんだ?君は?」
「鼻の下伸びてます!」
ツンと鼻を彼女につつかれて氷室は顔を真っ赤に染める。
「別に彼女に対して個人的な感情を抱いたのではなく昔の君を思い出したら、その、懐かしく思った、ただ、それだけだ」
恥ずかしさを誤魔化すように咳払いをする氷室の様子に格も同じく安堵の溜息をもらしていた。
(兄さん相手じゃ太刀打ち出来ないからな)
「で、兄さん達は今日は仲良くお買い物ですか?」
「ああ、買い出しにきていた」
「うん、零一さんの誕生日だからね。張り切ってご馳走を作るんだ。良かったら格くん達も一緒にどうかな?」
「え、良いんですか?僕たちが一緒じゃ邪魔ではないでしょうか?」
「問題ない。彼女が大量に料理をこさえるそうだからな。人数は多いに越した事はない」
「では、お言葉に甘えさせて頂きます!早速、プレゼントを買ってこないと!では、また後で」
颯爽とスーパー内に入っていく格に立夏は二人に軽く頭を下げると追いかけていった。

「今年は今までで一番賑やかな誕生日になりそうだな」
氷室は買い物袋を持ち直して呟いた。

「氷上くん」
「どうしたんだい?水瀬君」
紳士売場でネクタイを吟味する相手の服の裾を引っ張る相手に氷上はネクタイを置いた。
「ずいぶん親しそうだったよね」
「それはそうさ。僕の敬愛して止まない自慢の従兄だからね」
「そうじゃなくて……一緒にいた女の人」
「ああ。兄さんの彼女かい」
「そう。あの人、氷上君の事を格くんって呼んでいたでしょう?」
「それがどうかしたのかい?」
何故、機嫌を悪くしているのかわからない彼は首を傾げた。
「もうっ!いいよ!これからわたしも氷上くんの事を格くんって呼ぶからね!」
「え?べ、別に良いけれど……」
何のことかわからないとばかりに格は溜息をついた。


「オーブンは温まったし準備はオッケーだね」
帰宅していそいそとキッチンで立ち振る舞う澪に苦笑を浮かべながら氷室はリビングで寛ぐ事を余儀無く要求された。
氷室がキッチンへ向かっても戦力にはならないからだ。
寧ろ料理中の彼女は料理に夢中で他は見えていない。キッチンへ行ってもやることがなく手持ち無沙汰に立ち尽くしていると澪に追い出される。と過去、経験を積んだ彼は大人しくリビングで待機するという選択肢をとったのだった。
ケーキの焼ける甘い香ばしい香り、スパイスと肉がジュウジュウと焼ける音……
軽く瞳を閉じた氷室はインターホンに気付いてソファーから立ち上がりモニターへと向かう。
「はい。どちら様でしょうか?」
「お?ハイテクやなぁ。これで出てくるのが澪ちゃんやったら良かったのに……いてっ!」
「くだらない事を言ってるんじゃないの!あ、ヒムロッチ〜!着いたよ〜」
モニターのカメラに手を振る藤井と蹴られてうずくまる姫条に氷室は溜息をつきオートロックを解除した。

「センセ〜!誕生日おめでとさん〜」
「ああ、ありがとう。なんだ?大荷物だな」
大きな手提げ袋を提げた姫条に氷室は思わず問いかける。
「これですか?まあ、楽しみにしとって下さいよ。ほんならキッチン借りますね」
手提げ袋を提げて氷室にキッチンの場所を聞き姫条はキッチンへと向かっていった。
「藤井。ではリビングへ案内しよう。ついてきなさい」

「ヒムロッチ変わったよね〜」
キッチンで奮闘する澪と姫条の邪魔にならないようにしながら用意した茶をトレーに乗せて戻った氷室に藤井はソファーで寛ぎながら言った。
「変わった?そうかも知れないな」
「否定しないんだ?素直なヒムロッチって珍しい」
「否定する必要性がないからだ。物事に普遍不動という事はない。それだけだ」
ミルクと砂糖を入れカチャカチャと紅茶をスプーンでかき回しながら藤井は悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「で、澪とはどこまでいったの?」
「………!?」
口に含んでいた紅茶を思わず吹き出して噎せる氷室に藤井は更に尋ねる。
「キスはもう済ませたよね?」
「藤井っ!」
「あ〜、“教師に対する適切な質問ではない”ってのはもう通じないからね〜あ〜!やっと意義ってのが見えてきたよ!」

♪ピンポーン

愉しそうにクスクスと笑いながらからかう相手に窮地に陥りかけた彼はインターホンの音に救われるように立ち上がった。
「はい。氷室です」
「兄さん、僕です。格です。今、着きました」
「そうか。では入りなさい」
氷室はオートロックを解除し
「来客を迎えに行ってくる。失敬」
と藤井に告げ玄関へと向かって行った。

「兄さん、お誕生日おめでとうございます。生まれてくれてありがとう」
「相変わらずだな。君は」
「あ、わたしもお邪魔させていただきます」
「ああ。問題ない。先客がいるがゆっくりしていきなさい」
氷室が二人をリビングへと案内しキッチンの前を通りがかった時にキッチンから楽しそうな声が聞こえてきた。

「姫条くんって本当に料理上手だね!」
「ホンマ?澪ちゃんに誉められると嬉しいわぁ!」
「うん、包丁さばきとかプロっぽいよ。男の人で料理出来る人ってスゴいと思うし」

「兄さん、怖い顔をしてどうしたんですか?」
「別になんでもない」
(これからは料理の腕を上げるように努力をするとしよう)

「なんでもないって顔じゃないよね?格くん……」
「そ、そうだな。ま、なんとなく理由はわかるけどね」
リビングへ案内され入室した二人は顔を見合わせて溜息をつきソファーへ腰をかけ茶を淹れにいった氷室を見送った。
先客藤井の好奇に満ち満ちた視線に気付かずに。

「では茶を淹れてくるから待っていなさい」
氷室は二人にソファーに座っているようにと加えるとキッチンへと向かっていった。
「では先に座りたまえ。水瀬君」
格は立夏に先に座るように促して自身も隣に座り漸く落ち着き初めて藤井の好奇の視線に気付いた。
「あの……僕の顔になにか付いてますか?」
「……ヒムロッチ」
「は?」
「ヒムロッチそっくりじゃん!アンタって?あ、アタシ藤井奈津実。ヨロシク〜♪」
ヒラヒラと手を振りながら挨拶する相手に困惑しながらも
「あ、初めまして。僕は氷上格です。零一兄さんの従兄弟にあたります」
「従兄弟?だから似てるんだねえ。で、隣にいる子はキミのカノジョかな?」
「か、彼女っ?いや、彼女は水瀬立夏君。僕の大切な学友であり彼女なんて……だったら良いとは思いますけど……」
顔を真っ赤にして口をモゴモゴとさせ俯く格を藤井は面白そうに見、
「で立夏ちゃんだっけ?アンタは氷上の事をどう思ってるのよ?」
「え?」
いきなり話を振られ戸惑い格を見ると期待と不安に満ち満ちた眼差しにぶつかり立夏は更に言いよどんだ。
(好き……だけど……こういうのって相手から言われたいんだよね。もう少し格くんが押しが強かったらなぁ)
立夏の想いを知らない格は立夏の答えが出るのを今か今かと待っていた。
(建て前上、学友と紹介したけど……学友以上であれば良いと本当に思うよ。いつも華麗にスルーされているからな。立夏くん。さあ君の気持ちを聞かせてくれ!)
藤井と格に見つめられ沈黙に耐えきれなかくなった立夏は口を開いた。
「えっと……格くんは、私の大切な……」
「茶がはいったぞ」
ドアを開けて入ってきた氷室は室内の微妙な雰囲気に首を傾げつつもトレーに乗せたカップをテーブルに置いていった。
「ありがとうございます。零一兄さん」
話を上手くそらせられてホッとした表情の立夏は置かれた紅茶を手に取り一口飲んだ。
「うーん。後、少しだったんだけどねえ」
残念そうに呟く藤井を氷室は軽く睨みながら
「また君はくだらない質問をしたのではないだろうな?」
「くだらなくありませーん!重要な問題でーす!」
「確かに」
ポツリと呟き紅茶を啜る格。やはり何かあったのだろうかと思いつつ少し温くなった紅茶を氷室は飲み干した。

「みんな、用意、出来たよ」
リビングのドアをガチャリと開けて食事の支度が終わったのを告げる澪の後に続いて氷室達はダイニングへと向かった。

「随分、張り切ったようだな」
ダイニングのテーブルにはイチゴが乗った大きな生クリームケーキに氷室が希望したサグマトン、シーザーサラダと他にも所狭しと料理が並べられ美味しそうな湯気を放っていた。
「凄いな……見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだよ」
量に圧倒され格は思わず呟いた。
「はい、張り切って作ったんで沢山、食べて下さいね」
澪はニッコリと笑いながら各自の皿にスープを注ぎ入れていく。
「姫条は?」
姫条が居ないことに気付いて藤井は澪に尋ねる。
「姫条くんはなんか変なものを作ろうとしていたからキッチンで反省してもらってるよ。でも、そろそろ呼んでくるね」
ニッコリと笑みを浮かべキッチンへパタパタと向かう澪の背中を見ながら藤井は呟く。
「やっぱりアンタが最強だよ。澪」

結局、“ヒムロッチギャフン大作戦”は材料準備段階で澪に咎められ達成出来なかった姫条は少しふてくられ気味にたこ焼きのタネが入ったボールとプレートを手に澪に連れられてダイニングへ現れた。
「材料を用意している時に気付くんやもんな。ホンマ、勘鋭どすぎるわ。ジブン」
「だって、たこ焼きにアンコなんか入れないでしょ?他にも納豆、塩辛、キムチに練りわさび……ロシアンたこ焼きなんて変なものを零一さんに食べさせるなんて許さないんだからね」
「ホンマ、ジブン、センセが絡むとおっかないんやから」
首を大袈裟に竦めながらたこ焼きの用意を始める姫条は澪に軽く小突かれた。
「姫条、悪巧み失敗お疲れ様〜。じゃあ、始めようよ」
ロシアンたこ焼きに頭悩ます氷室以外に他に仕切れる者は居ないだろうと判断した藤井は澪を手伝いながら宣言をした。
「あ、わたしも手伝います」
立夏もいそいそと各自のグラスへジュースを注いでいった。
「ほんなら先ずは乾杯といきますか!」
姫条の合図と共に全員は席へと座りグラスを手にし
「ヒムロッチの誕生日を祝して!」
と藤井の合図はグラスがぶつかるカチンカチンという音に直ぐかき消されていった。
「では頂くとしよう」
会の進行を藤井、姫条両名に任せてしまった氷室は少し気恥ずかしそうに言った。

各自は頷き料理に取り組むことに暫く没頭した。
気合いを入れて料理を片づけないと決意する程に料理の量は多く更に姫条の焼き上げるたこ焼きは容赦なく彼らの皿を襲ってきた。
「美味しいけれど、流石にこの量は多すぎるよ。僕には」
ただでも胃が弱い格は食の進みが遅くなる。隣で立夏は心配そうに格を見ながらもサグマトンと奮闘し向かいに座る氷室は隣に座る澪に美味しいですか?と聞かれて苦笑を浮かべている。
そんな様子を見ながら藤井は姫条のたこ焼きを口に放り込みつつ
「……確か、地獄でこんなのあったよね」
とぼそりと呟いた。

数時間後。食べきれない分は持ち帰るように。という氷室の提案に従いなんとか片付いたダイニングで彼らは人心地をようやくついていた。
数時間の枠内には後片付けという項目も含まれていて、やはり氷室の提案で男性陣が片付けようとなり、オレはたこ焼き作ったんやないですか〜と言う姫条を強制連行し、格、氷室で後片付けをしたのだった。
「じゃあ、後はメインだね」
澪は大きなイチゴ生クリームケーキにプスプスと蝋燭を挿しながらハッピーバースディを口ずさむ。
「ケーキもまた大きいんだな……いや、昔から甘い物は別腹だというし……」
限界を迎えている格は畏怖の眼差しをケーキへと向ける。
「ほんなら、電気消すで」
蝋燭に火が灯ったのを確認し姫条が電気を消した。
「ハッピーバースディ〜トゥーユー♪」

不協和音に氷室が手で制止する。
「どうしたんですか。零一兄さん」
「ハーモニーが滅茶苦茶だ。格、君はもう一段階音程を上げるように」
「始まったみたいやな。流石、吹奏楽部顧問」
呆れ顔で溜息をつく姫条にも氷室の指示は飛んだ。
やり直しを命じられた彼らは漸く3回目で澪のケーキに蝋が垂れちゃいますからという言葉で解放された。

明かりがついた後、バースディソング3回やり直しを命じられ不平不満たらたらな表情だった彼らは笑いを堪えていた。
澪だけがケーキを平然と切り分けていたが姫条はテーブルに顔を突っ伏し肩を小刻みに震わせ藤井も口元を押さえながらひたすら笑いを堪え格は氷室の顔をじーっと見つめ隣の立夏は涙を目に浮かべながらひたすら氷室から視線を逸らしていた。
「どうかしたのか?」
周囲の異様な雰囲気に耐えられなくなり氷室は全員に尋ねた。

「ど、どうしたって……ぷっ、あははははっ!」
氷室の言葉で堰を切ったように笑い出す藤井。姫条は更に顔を突っ伏したまま笑い出す。
立夏は格の手前上、笑わないように笑わないようにと唇をきつく結んで瞳をギュッと閉じた。
「あ、なんでもありません。ただ、少し珍しいものを皆、見ただけですから」
格は懸命に言葉を濁し答えるがその言葉に更に姫条、藤井はぷっと吹き出し笑いの発作に襲われていく。
「訳がわからないな」
“珍しいもの”が自身の蝋燭を吹き消す際の顔とは思いもしない氷室は溜息を一つつき周囲が収まるのを待つことにした。
「ケーキ、切れたよ。で、みんな何がそんなに面白かったのかな?」
口元に微笑を浮かべながらケーキナイフを手に怒りのオーラを放つ澪の声に笑っていた姫条、藤井は凍り付くように静かになり格、立夏も平静さを取り戻した。
「じゃあ、お皿に取るからね」
笑いが収まったのを確認し満足そうに笑い澪は各自の皿にケーキを乗せていった。
「ま、鉄面皮もあんな顔するんやな」
ボソッと呟き姫条はケーキのイチゴを頬張った。
蝋燭を一気に吹き消そうとする氷室の顔……直ぐに暗闇に消えたが当分は残りそうだった。

「兄さん、プレゼントです」
頃合いを見計らい格は先程、紳士売場で選んだネクタイの入ったラッピングされた箱を氷室に差し出した。
「僕と水瀬くんから零一兄さんへです。受け取って下さい」

「ああ、ありがとう」
包みを開けた氷室はシンプルなデザインのブルーのネクタイを満足そうに眺め箱に大切そうに仕舞い
「大切に使わせてもらう。デザインも実に私好みだ」
「兄さんに喜んで貰えて嬉しいです」
はにかむように格は笑みを浮かべながら眼鏡をかけ直した。

「やっぱり似てるよね」
澪は向かいに座っている立夏にウィンクし言った。
「え?」
「照れ隠しに眼鏡をかけ直したり、あ、咳払いもするよね?」
「え?」
「格くんはしないの?咳払い?」
「しますけど……それってそんな意味があったんですか?」
「そうだよ。零一さんもだけど、あれ照れ隠しなんだよね。最初は気付かなかったんだけどだんだんと仲良くなって気付いたんだ」
「わたし、まだまだですね」
苦笑を浮かべる立夏に澪は満面の笑みを浮かべ
「大丈夫だよ。立夏ちゃんなら」
「本当にですか?」
「うん。わたしが保証するよ。男性のタイプもバッチリだしね」
「はい。じゃあ頑張ります」
「そうだよ。零一さんタイプはこっちからアピールしないとね」
「こら、君は何を吹聴しているんだ?」
頭を軽く後ろから小突かれて澪は悪戯が見つかった子供の様な顔をして笑った。
「未来ある後輩に人生の先輩として助言していただけですよ」
「全く。ではもう少し有意義な助言をしなさい。彼らの事は彼らに任せるのが適切だからな」
「なんか他人のようなカンジがしないんですよね」
「……同感だ」
ボソッと答えて紅茶を飲む相手に澪は微笑んだ。



「では、各自、気を付けて帰宅をするように」
日も暮れてパーティーも終わり氷室は出席者全員をエントラスまで送っていった。
「今日はお招きありがとうございました」
格は深々とお辞儀をし氷室に暇を告げる。
「今日は本当に楽しかったです。あの……今度、相談しにきても良いですか?」
「うん、いつでも相談に乗るよ!立夏ちゃんとは気が合いそうだしね」
「わたしもそう思います!」

澪と立夏はそれぞれ想う相手に視線を向けつつ笑い合った。

「ほんなら俺らは失礼させてもらうなぁ。沢山のお土産ありがとさんな。食費が浮いて助かるわ〜」
来た時よりも更に荷物を提げた姫条は手をヒラヒラと振りながらマンションの駐輪場へと歩き去っていった。
「あ、姫条。待ってよ!じゃあ澪、ヒムロッチ今日はありがとうね!」
姫条の後を追いかけて藤井も走り去った。
「では僕らも失礼するとしようか。立夏君。零一兄さん、如月さんでは。」
「ああ。また遊びにくるといい」
マンション駐輪場へと二人が歩き去るのを見届けて氷室は隣に居る澪に笑いかけた。
「今日は色々あったが本当に楽しかった。ありがとう。君に出会わなければ、こんな誕生日を迎えることもなかっただろう」
「零一さん」
「では名残惜しいが君を自宅まで送っていくとしよう」
「泊まっていきたいな……」
甘えるような眼差しに氷室は一瞬、揺らぎかけ首を振り
「いや、明日は一限目から講義があるのだろう?今日は帰宅しなさい」
「零一さんのケチ……」
「ケチとかそういう問題ではない。それに……卒業迄、後少しだろう?卒業したらその……正式に君を妻へ迎えたいと思っている。君が嫌でなければだが」

「い、嫌だなんてそんな訳ある訳ないですかっ!ものすごく嬉しいです」
涙で瞳を潤ませながら氷室に抱きつき彼女は答える。
「そうか。しかし、卒業後にまだやりたい事があるならばそちらを優先しても構わないんだぞ?」
「わたしの夢は零一さんのお嫁さんになることですから」
「なんだか子供の夢の答え方のようだな」
苦笑を浮かべながら氷室は抱きつく彼女の頭をポンポンと撫で
「では、その夢を実現させる為にも単位を取らなければな」
「あ……。零一さんズルいっ!」
「ズルくなどない。ほら、いくぞ?」
地下駐車場へと降りる階段へ向かう氷室の後を追いながら澪は笑った。

(来年も貴方の傍で笑って貴方の特別な日を一緒に迎えたいです……零一さん、お誕生日おめでとう!)

END



うはぁ〜。なんとか11月中には完成させる事が出来て良かったです〜
なんかもう、人物入れすぎて途中で収拾がつかなくなりました(汗)
でも好きなキャラを総出で零一さんvの誕生日を祝いたかったんですよ〜
心残りはセンセと澪のラブラブを余り書けなかったことかな(汗)
ま、こんなカンジで今年も零一さんv聖誕祭を無事に迎えられました。
では、ご拝読ありがとうございました!
逃げます!