早朝6:30分。氷室は定刻より30分早く身支度を整え旅行鞄を手に玄関へと向かった。
後を追うように彼によく似た面差しの幼児が玄関へと駆けていく。
「どうした?」
「パパ、いってらっしゃい」
「ああ。いってくる」
氷室が笑いながら幼児の頭を撫でているとエプロン姿の女性が微笑みながら彼らに声をかける。
「パパにいってらっしゃい、ちゃんと言えたんだね。偉いね、一」

「コホン、そろそろ一にお父さんと呼ばせるように指導しなくてはならないな」
「そうかな?幼稚園、入る前でも良いと思いますけど。
それに零一さん。パパは一が最初に覚えた言葉なんですよ?
なんでママじゃなかったのかなぁ?一」
と言いながら氷室の服の裾を掴んでいる我が子の手を優しく解きながら彼女は答える。
「それは一が君より俺を好いているからだろう?」
「うーん。零一さん、一には結構、甘いですしね」
「そうか?」
頬を少し膨らませた彼女は氷室の出発の妨げにならないようにと一を抱き上げる。
「そうですよ。甘いです」
「フム。では今後からビシバシいくとしよう」
「そういって一が泣きそうな顔をすると直ぐに根負けしちゃうんですよね」
バイバイと手を振る我が子と笑いながら溜息をつく振りをする妻に苦笑いを浮かべながら視線を向け氷室は鞄を持ち直す。

「けど、零一さんって受け持ち関係なしに毎年、修学旅行の引率に行くんですね?
少し、寂しいんですよ?」
「そうか。しかし、今年は一がいるだろう?寂しくはないはずだ。
土産を山ほど買ってくるから楽しみにしていてくれ」
「あはは、零一さんがお土産を選んでいる姿みてみたいな。
あ、今年は弟が迷惑をかけちゃうかも知れませんがよろしくお願いしますね」

「ああ。しかし、君の弟はしっかりしているからな。
迷惑をかけられる事はないだろう。
しかし、旅行中、何が起こるかわからないからな。
極力注意しておこう」

「はい、では本当に気を付けていってきてくださいね?
お土産楽しみにしていますね」
「問題ない。では、いってくる」
マンションのエントランス迄、彼を見送りに来た彼女の頬に氷室は軽くキスをしマンション地下駐車場へ向かい愛車に乗り込んで学園へと向かった。

学園に着いた氷室は他引率教員に修学旅行の際の教師心得を説き教員達にテキパキと指示を出す。
「いや〜。氷室先生が居ると心強いですね」
人懐っこい笑みを浮かべた教師が氷室に声をかけた。
「本田先生。おはようございます」
挨拶をしない者とは話をしたくはないオーラを放つ相手に彼は慌てて頭を下げ
「あ、失礼しました。おはようございます。氷室先生は引率のエキスパートなんで、つい頼んでしまうんですよね」
「エキスパート?
確かに毎年、同行させてもらってますからね。嫌でも慣れてしまいます」
「氷室先生もお子さんがちょうど可愛い盛りで悪いなと思っているんです。
でも、俺がその学年主任なんで……」
すまなそうな表情を浮かべる相手に氷室は表情を和らげ
「では、学年主任の心得を旅行中にレクチャーして差し上げましょう」
「本当ですか?ありがとうございます!
氷室先生。
よろしくお願いします。
では、また後で!」
氷室を慕う体育教師は嬉しそうに笑い頭を下げ職員室から出ていった。


点呼も無事に終了し全クラスがバスに乗り込み京都、奈良へと向かっていった。
他のバスがカラオケ、車内レクリエーションを楽しむ中、氷室の乗車したバスは違う理由で盛り上がっていた。
「質問!先生の子供っていくつなんですか?」
「奥さんとはラブラブなんですかぁ?」
学年が違い普段、接点のないはばたき学園の名物教師に興味を持つのは至極当然の事であり、例の如く氷室の
「君達には関係ない!以上だ」
という怒号が炸裂したのも言うまでもなかった。


初日、二日目、団体行動はそんな感じで終わり、三日目、自由行動の日になった。
ホテルロビーで生徒達が行きそうな場所をチェックしていた氷室は後ろから声をかけられ振り返った。
「氷室先生」
「君は如月か。どうした?私に何か用か?」

「今日の自由行動、一緒に行ってくれませんか?」
「一緒に?君は予定を立てていなかったのか?」
「あはは。実はですね、複数の女の子から誘われちゃって困ってるんですよ。
で、氷室先生と一緒なら大丈夫かなって……」
「では、その複数の女子との約束を守りなさい」
「そんなぁ。義理の可愛い弟を見捨てるんですか?
ねえちゃんに義兄さんに見捨てられたってメールしよう……」

携帯を取り出す相手に氷室は咳払いをし
「わかった。
澪から君の事をよろしくと頼まれている。
では今日一日行動を共にするとしよう」

「ありがとうございます!義兄さん!」
「こら、学園ではその呼び名はやめなさい」
「はい!氷室先生!」
スチャッと敬礼ポーズをする相手に視線を向け氷室は溜息を小さくついた。


「君は私の話をきいているのか?」
金閣寺。別名鹿苑寺。の前で滔々と歴史の授業を始める氷室に思わず欠伸をしかけ慌てて口を手で塞いだ尽に氷室は問いかけた。
「あ、はい。聞いてますよ!」
「全く。君達姉弟は」
昔同じようなシチュエーションがあったのを思い出した氷室は思わず笑みをこぼす。
「姉弟は、っていうと先生、ねえちゃんと来た事あるんですか?」
「ああ。今、回っている見学ルートを同じように回った。
それで今の君の様に彼女に欠伸をされたんだ」
「そっか。ねえちゃんもこの見学ルート回ったんだ。
で、ねえちゃんと二人っきりの自由行動はどうでした?」
好奇の眼差しをキラキラと輝かせながら尋ねる相手に氷室は溜息をつき
「どうということもない。何故なら課外授業の一環でしかないからな。
如月。先に言っておくが、私の授業を受けた限り、レポートは提出してもらう」
「レポートですか?」

相手からの思いもよらない要求に尽は少したじろいだ。
「そうだ。授業だからな。
レポート用紙10枚以上、提出期限は修学旅行後3日内だ。
更に提出期限内に間に合わす事ができなかった場合は更に反省文を含めて20枚だ」
「ねえちゃんもやったんですか?」
「……勿論だ。彼女のレポートは素晴らしかった。要所要所がまとめられ……
少し食べものに関しての感想も見受けられたが」
「ねえちゃんらしいなぁ。
ねえちゃんって色気より食い気ってカンジだからなぁ」
「確かにだな」
パン食い競争、修学旅行中に甘味処へ行きたがる彼女の姿……思い当たる節が次々と頭に浮かび氷室は苦笑を浮かべた。
ふと、氷室は売店に気付き尽に声をかける。

「少し休憩にするとしよう。あそこにある売店の抹茶ソフトが美味いらしい。
奢ってあげるから来なさい」
「義兄さん優しい〜」
「だから、その呼び名はやめなさいっ!」

「他の生徒には絶対に他言しないように」
氷室は尽に念を押すように言うと彼に抹茶ソフトを手渡した。
尽は頷きそれを受け取り氷室に尋ねた。
「ここ、姉ちゃんと来た時に寄ったんですよね?」
氷室は思わず飲みかけていた茶を吹きかけた。
「な、何故、君がそれを・・・・・」
「勘ですよ。だって氷室先生がこの売店を見ている時の表情、
なんだか、とっても優しかったから」
「そうか。確かに彼女と訪れた時に立ち寄りはしたが・・・・
ああ、私も感傷に囚われる事もあるんだな」
氷室は苦笑を浮かべながら茶を一口飲んだ。
涼しげな初秋の風が心地良よく彼らを優しく撫でるように吹いた。
「なんか、今更ですけど、なんで姉ちゃんが氷室先生を好きになったか
わかったような気がします」
尽は悪戯っぽい笑みを浮かべながらソフトクリームのコーンを齧り
ポツリと言った。
「その、理由とは?」
氷室は思いがけない相手の言葉に語気を強く聞き返す。
尽はサッと売店の椅子から立ち上がってニィっと笑い、
「教えてやりません。だって、俺まだ姉ちゃんをとった相手、認めてませんから。
でも、義兄さん本当に姉ちゃんの事を大切にしているから・・・・・
複雑なんですよ。色々と。俺も」
尽は鞄を持ち直してクラスメート達の居る場所へと歩き出した。
「じゃ、義兄さん。ソフトクリームごちそうさまでした!」
手を軽く振った後に彼はクラスメートに合流していった。
「・・・・ありがとう」
氷室は静かに微笑を浮かべ去っていった相手に礼を呟いた。
「さて、家族に土産物でも見てくるとしよう」
何気に呟いた自身の言葉に氷室は可笑しそうに笑う。
(昔の私の口からは出る事も無かった発言だな。
大切な者の為に旅行先で土産物を選ぶ楽しみも君が与えてくれたんだ
(以前は土産物について君と議論をしかけた事もあったが)
氷室は椅子から立ち上り売店を後にして土産物売り場へと向かっていった。

「零一さん。これは少し多すぎるような・・・・」
帰宅した氷室を出迎えた彼の妻は土産の数の多さに思わず苦笑を浮かべた。
「そうか?八橋1つをとっても種類が多いからな。店員に勧められた分、購入してみたのだが。
何か問題だっただろうか?」
真面目な顔をして聞き返す相手に彼女は笑い出し言った。
「問題ないです。零一さんが一生懸命選んでくれたんですから。
でも、次からは限度を考えてくださいね?
生八橋って賞味期限が短いんですから」
「賞味期限?ああ、そうか。俺とした者が迂闊だったな」
「今週の日曜日にでも格くん達を呼んで八橋パーティを開いちゃいましょう。
そうしたら直ぐに無くなっちゃいますよ」
ね?と微笑む相手に氷室は照れくさそうに笑い返す。
「じゃ、まずは八橋を冷蔵庫にしまっちゃいましょう。
で、早速、お茶入れて一箱開けちゃいますね?」
「ああ、そうしよう」
氷室の帰宅に気付いて起きてきた彼の息子の頭を優しく撫で彼は答えた。

END


ありがとうございました〜
本当はもう少し長くしようかなとも思ったのですがまとめてみました。
で、いつもより更に意味不明ですね(汗)
ま、勢いとノリで書いているだけなので・・・・
因みに今回、氷室Jr,なるものを登場させてしまいました(笑)
名前は一と書いてはじめと読みます。
何事ででも一位を取るようにという親心がこもっていたりします。
では、ご拝読ありがとうです。次回作品にてまた〜