「な、氷室センセ。次の日曜日予定空いとります?」
オレ、姫条まどかは片思いしとる数学教師、氷室零一に補習中にそれとなく聞いてみたんや。
男相手に?なんてツッコミはせえへんといてな?男ってゆうても氷室センセってごっつ可愛いんや。寝顔とか…(補習中に寝とるの見ただけやけど…)笑顔とか…(苦笑いってヤツやけど…)
ま、昔から言うやん!恋に男女の隔てなしやって!
「予定?いや、その日は…。何か急ぎの用件なのか?」
聞いた相手は訝しそうな視線をオレに向けてきたんや。
「急ぎの用件っていうか…図書館でちょっと調べもんがありましてん、センセに一緒についてもらえへんかな…なんて思うたんですがダメでしょうか?」
「図書館で休日返上で調べものか。大変結構。君はやっと向学心を持つようになったんだな。生徒の探求心を満たす為なら幾らでも時間を割こう。」
よっしゃ!守村作戦大成功や!オレは心の中で拳をグッと握ってガッツポーズを作ったんや。
「で、一体、何を調べるつもりなんだ?」
「へ?えっと…。」
うはっ!口実だけ考えよったから何、調べるかまで考えとらんかったや!
「姫条?」
センセの顔が疑うようにオレを見つめる…絶対絶命大ピンチやん!と思うたその時、恐怖を感じた。ん?恐怖?そうや恐怖や!
「恐怖を調べたいと思うてます。」
俺はドキドキしながらセンセに答えたんや。
「恐怖?フッ。君も人間の感情の中で恐怖というファクターに関心があるのか。結構。では次週日曜日 は共に人間の恐怖心について研究するとしよう。」
センセは愉しそうに微かに口元に笑みを浮かべて約束してくれたんや。よっしゃ!次の日曜日は氷室センセとデートや!
オレは残りの問題に最高の気分で取り組んだんや。
「じゃ、センセ。当日は遅れんように気をつけてなぁ?」
「それはこちらの台詞だ。君こそ当日、遅刻しないように。では本日の補習はこれまで。」
センセは身支度を整えるとオレに微かに笑って言ったんや。
「姫条。帰宅するなら送っていこう。」
「え?ホンマですか?」
「ああ。君さえ良ければだが。」
「エエに決まってますやん!よろこんで誘いにのらせてもらいますっ!」
「では。ついてきなさい。」
「はいっ!」

思わぬセンセからの誘いにオレは有頂天になって後をついていったんや。

はばたき学園職員室用駐車場。にセンセの愛車、マサラティGT3000は銀色のごっつい車体を鈍く光らせてオレらを待っておった。
「うは…。いつ見てもごっつい車ですなぁ。」
「私の車を“ごっつい車”などと形容するな。私の愛車の名前はマサラティGT3000だ。イタリアの伝統あるマサラティ社の誇る最高傑作品だ。類い希なるシャーシバランス、機能性と走行性…」
「わ、わかりましたからっ!」
説明が長引きそうやと思うたオレは慌ててセンセの話を遮るように両手を振った。
「わかればよろしい。」
まだ説明し足らんって顔でセンセは咳払いをして助手席側のドアを開けてくれたんや。オレは勢いよく車に乗り込んだんや。カーコロンかなぁ。なんかエエ香りするし車の中も小綺麗に片づいとる。
「シートベルトは装着したか?発車するぞ?」
ハンドルを握りしめて運転するセンセは楽しそうな顔しとって…なんか可愛いなぁ…
オレは隣でセンセの顔見たり外、見たりしながらセンセとの下校デートを楽しんだんや。
「姫条。」
「なんでしょうか?」
「最近、君は変わったな。以前と違い勉学に励んでいる様だ。何か目指す目標でもあるのか?」
「目標…ですか?」
目標!あるといえばあるやんけど…センセとお近づきになりたいって歪んだ目標やからなぁ。言える訳ないやん。
黙ってるオレにセンセは苦笑い浮かべていうたんや。
「まあ。話したくないならそれでも良い。しかし、もし君が目標を持ち勉学に励んでいるというなら、私の持てる力で君を目標迄、サポートしたいと思っただけだ。」
咳払いをして…センセ…なんか顔赤くしとらん?
「センセ?」
「ほら、ついたぞ。降りなさい。」
「は、はい!ホンマにありがとうです。」
「問題ない。君の自宅は私の帰路の途中にあるからな。では、また学園で。」
「あ、待ってくれませんか?」
「どうした?」
「ウチに寄ってきません?エスプレッソ、ご馳走させていただきますよ。」
「いや、結構。生徒からのもてなしは辞退する事にしているからな。」
「オレ、氷室センセに相談したい事…あるんやけどなぁ。」
オレはチラリとセンセを見て言ってみたんや。
「相談?ここでは言いづらい事なのか?」
相談ってオレの言葉を聞いてセンセは心配そうにオレの顔を覗き込んだ。
オレは口から心臓が飛び出るかって位にドキドキしたんや。
氷室センセ…の顔が滅茶苦茶、至近距離にあるんやで?そんじょそこらの女の人より綺麗に整った顔。肌も白くてきめ細かくって…エエ香りもしとる。
「姫条?」
ボーっとしてるオレを不思議そうにセンセが見つめていた。
「あ!ははは…。はい、長引くんでウチの中でと思うたんですけど。どないでしょ?」
「長引くという事はそれだけ改まった話なんだな。わかった。相談を君の家で聞くとしよう。」
センセはそう言うと車を路肩に止めてオレに降りるように促して車から降りたんや。
なんかセンセがオレのウチに来るってのも不思議なカンジやなぁ。誘っといてなんやけど“愛と夢の姫条ハウス”に氷室センセを招く日が来るなんて思わんかったからなぁ。
「ここが姫条、君の自宅なんだな。」
センセは“姫条ハウス”を不思議そうな表情で見上げてたんや。まあ、元々、倉庫だったのを住めるように改造しただけやしなぁ。
「そうですエエとこだと思いまへんか?愛と夢の姫条ハウスへようこそ!なーんてな。」
恭しく大げさに歓迎のポーズを取るオレにセンセは思わず笑い出しかけたようやった。口元を手で押さえて笑いを必死に堪えとる。んな態度とられると大阪人魂で何がなんでも笑わせたくなるやんかぁ!
オレは鍵を開けながらネタ考えんのに必死になっとった。氷室センセを笑わせるにはどないすればエエやろ…
「では邪魔をするぞ。姫条。フム。なかなか居住性が良さそうだな。個性的で片付いてもいるようだ。」
センセは周囲を見回して部屋を観察してるみたいやった。
「じゃ、オレ、エスプレッソ淹れてきますわ。」
「いや。結構。」
「せやけど、喉渇いてません?それにオレ、エスプレッソ淹れるの自信あるんで是非、飲んでってください!あ、座る場所ないから適当にそこにでも座ってて下さい。」
オレはベッドを指してセンセに言って溜息つくセンセを部屋に残し簡易キッチンへ向かったんや。
ま、コンロと流しとか簡単なモンがあるだけやけどな。それでも大抵のモンは作れちゃうで。
オレはコンロを点けて湯を沸かし始めた。

湯が沸いてきたのを見て、俺はコーヒーグラインダーで先に挽いといた豆をメジャースプーンで計る。
豆は挽きたての方がコーヒーの香りがようなるやろ?
エスプレッソについては結構うるさいんやで?
エスプレッソメーカーで抽出したクリーム状の黒い液体をカップに半分少し前まで注ぐ。泡がエエ感じに立っているのを見て俺は会心の笑みを浮かべたんや。
センセ、喜んでくれるやろか
うわっ!俺、ごっつ乙女チックやないか?
俺は二人分のマグを手に隣の部屋へ行ったんや。
「センセ、お待たせしました」
渋々ながらも俺のベッドに座っとるセンセ見て俺は危うくマグを落としそうになったんや……
(しっかりするんや!俺っ!は……でも、今夜はセンセの残り香がベッドに……違うやろ〜!)
頭の中はパニック状態ながらも俺は震える手でセンセにマグを手渡す。
「ありがとう」
センセはそう言ってマグを受け取り一口飲んだんや。
「フム。私はエスプレッソは飲み慣れてはいないが……素晴らしい味だな」
感心した様に唸るセンセに俺は心の中でガッツポーズをし叫んだんや。
(よっしゃあ!バッチリ好印象!)
エスプレッソの香りを楽しむセンセの隣にさりげなく腰を下ろしてみる。センセは別に動じることなくマグを両手に持って俺を見つめてきたんや。

「姫条。君の淹れるエスプレッソは大変素晴らしい。……コホン、毎日でも飲みたいくらいだ」
「センセ?」
「つまり、私は……君にプロポーズをしている」

……なんて、一瞬想像した俺はマジ、アカンかも知れへん。現実はこうやからな。

「姫条。で相談とはいったい何なんだ?」
「はぁ?あ、ああ。相談でしたなぁ」
いきなり振られて俺は焦った。まだ、相談内容なんて考えへんかったし……
ダラダラと俺の背中にイヤな汗が流れよってきた。
「姫条。やはり私では相談相手として役不足なのだろうか?教師が生徒個人の問題に介入するのは良くない事かも知れないが。私は可能な限り君の力になりたい」
真っ直ぐなセンセの目に俺は驚いて見つめ返す。
「センセ?」
「教師として生徒の助けをするのは勤めであり義務だからな」
「教師としてですかぁ?」
「ああ、それ以外に理由はない」
途端に俺は全身から力が抜けたんや。