「さあ、着いたよ!降りて降りて!」
澪の明るい声に同乗者の面々はよろよろとした足取りで車から降りていく。
「如月さんってハンドル握ると人格変わるタイプだったんですね……」
ポツリと呟く格に手を引かれた氷室は二度と彼女に運転はさせないと決意を固めた。
「スッゴい運転だったよね!遊園地のアトラクション顔負けだったよ!」
「そうやね。ウチは帰りはバスで帰らせてもらうわ。うっ……」
盛大に車酔いしてしまったはるひを看ていると立夏は車に残った。
格は氷室の願いもあり同行する事となった。
ウキウキとした表情で澪は入り口前に置かれたあるものに気付いて取りに行った。
流石にブカブカのスーツ姿で外は歩けないからと初等部から借りてきた体操服を着た氷室は立夏がカラカラと引いてきたものに嫌悪の眼差しを向けた。
カートにチャイルドシートが付いたものに乗せられかけて抵抗はするもの澪の時間短縮、効率的という説明に反論出来ずにちょこんと座らざる得なかった。

「こんな姿を知り合い若しくは生徒に見られたら……」
氷室の願いをあざ笑うかのように手を振り会いたくなかった人物が近付いてきた。
「おーい。澪ちゃんも買い物かな?一緒に居るのは零一の従兄弟の格くんだったよね?」
仕込みの買い出しに来たらしい益田は手に籠を持って笑いながら二人に話しかけた。
「はい。格です。お久しぶりです。益田さん」
「で、この子は?」
益田はカートのチャイルドシートに座った氷室に気付いて尋ねた。
「あ、その子は零一さんの従兄弟なんですよ!」
「従兄弟?そうかぁ。似てるわけだ。って澪ちゃん、俺は零一からこんな小さい従兄弟が居るって聞いたことないんだけどなぁ?」
ギクッと澪の表情が焦りの為に強張った。
「と、遠縁の子なんですっ!」
慌てて格がフォローをする。
「そっかぁ。遠縁かぁ。俺はてっきり零一の隠し子かと思ったよ」

「そんな訳がある訳ないだろう?全く……おまえというやつは」
頭をグリグリと撫でくり回されて不機嫌そうに溜息をつく幼児に益田は驚きの表情を浮かべ
「その偉そうな零一っぷり?もしかして、零一なのか?」
フォローの意味なし。澪と格は同時に溜息をついた。
益田の問いに氷室はしまったと焦りの表情を浮かべる。澪と格がフォローをしてくれたのに俺としたことが……後悔したが後の祭りだ。
「た、他人の空似だ」
「他人の空似ねぇ……」思わず視線を逸らす相手にいかにも不審極まりないと視線を向け益田は氷室に尋ねる。
「そんじゃさ、名前はなんていうのかな?」
「な、名前?名前は……」
数分の沈黙の内に性格上、嘘をつけない氷室は深い溜息をつき、
「名前は氷室零一だ」
と告げた。
「れ、零一なのかぁ!!」
改めて当人の口から宣言され確認に至った益田は思わず叫び幼い氷室に静かにしろと叱られる羽目となった。

「へえ。そんなことがあったのかぁ。災難だったなぁ。零一」
格と澪に大体のいきさつを聞いた後、益田は言葉とは裏腹にニヤニヤと笑いながら氷室の頭をグリグリと撫でくりまわす。
「益田。おまえ、面白がっているだろう?」
カートに備え付けられたチャイルドシートに固定された氷室は刺すような視線を向ける。
普段の氷室なら相手を萎縮確実だが今の氷室には相手を萎縮をさせるどころか更に相手に可愛いを連呼させ状況を悪化させる事しか出来なかった。
「零一兄さんの眼光が威力を発揮しないなんて……」
可愛いなぁ!と言いながら静かに怒りが沸点に達していく氷室をいじりまわす益田を見ながら格は信じられないと呟いた。
「で、澪ちゃんと格くんは買い物かい?」
散々、普段の恨み?も晴らせて満足そうな益田は後で覚えておけ益田と呪文のように呟く氷室の頭をポンポンと叩きながら爽やかな笑みで尋ねる。
「はい。零一兄さんの衣服調達に赴きました」
格は益田の問いに応えながら目が据わった状態の従兄に戦慄を感じた。
(兄さんが元に戻った暁には……益田さん……)
氷室が元に戻った時の益田の未来に格は心の中で手を合わせる。
「服選びかぁ。じゃ俺も時間あるし付き合わせてもらおうかな」
と、相手の返答も待たずにさっさと氷室を乗せたカートを押して歩き出す益田に澪は苦笑を浮かべ頷いた。
「益田さんなら零一さんの幼なじみだから好みとかわかっていそうだよね。格くん」
至って楽天的な思考の澪に格はこれからの展開を少し思い浮かべ溜息をついた。
子供服売り場についた澪達は思い思いに服を手に取り物色を始める。
「うん。この色なんて似合いそうかも」
「良いですね。色合いがとても兄さんらしい」
格と澪が夏用のライトブルーの半袖シャツを手にああでもないこうでもないとやっているのを横目で見ていると益田がニヤニヤと笑いながら氷室に近付いた。
「どうした?益田」
「ほーら、零一くん。こんなのはどうかな?」

益田はジャーンと後ろ手に隠していた服を見せられた氷室は思わずフリーズした。服は只今、夕方5時絶賛放映中!イケメン5人組が登場で奥様にも大人気、勿論子供にも大人気な戦隊もののコスチュームを模した上下セット服(レッド)とその中に出てくるメンバーのサポート役外見の可愛らしさと裏腹に毒舌なマスコットキャラクターの着ぐるみパジャマ。
売り場中にふざけるなとフリーズを解除した氷室の怒声が響きわたったのはいうまでもなかった。
「零一さん、どうかしました?」
「兄さん?」
氷室の怒声に格と澪が慌ててパタパタと駆けてくる。
「益田の悪ふざけが過ぎたので叱ったまでだ」
こめかみを押さえながら氷室は不機嫌そうに益田が持っている服を指し示す。
「可愛い……」
澪は思わず視線の先にある服を着た氷室を思い浮かべ素直な感想を漏らしてしまう。
「可愛い?成人男性が着用するべき服ではないだろう?それにああいった衣服は私の趣味ではないっ!」
でも、と反論する澪とどちらに加勢すべきか悩む格(正直、着用した姿を僕も見てみたい)にそれを見て面白がる益田達へ何も知らない営業熱心で果敢な売り場店員が近付き声をかける。
「何かお探しでしょうか?あら、可愛らしい親子連れさんですね」
「親子連れ?」
ワナワナと口元を歪ませ氷室は営業スマイルを満面に浮かべる年輩の女性店員を静かに睨みつけた。
「パパとママとお買い物なのね。僕、良かったわね」
何も知らない女性店員は更に氷室の逆鱗に触れていく。
「誰が“パパ”で誰が“ママ”というんだ?」
氷室の怒りに震える問いに女性店員は如何にも不思議そうに
「綺麗なママと格好いいパパがそこにいるじゃない?もう一人はお兄ちゃんかな?」
「失敬な!益田は“パパ”ではないっ!澪も“ママ”ではないっ!両者に婚姻関係は存在しないっ!この店の店員は客のプライベートに介入するのが礼儀かっ!大変不愉快だっ!」
ドカーン!!
今まで着々と怒りのメーターが累積していた氷室の怒りはとうとう爆発をしてしまう。そして不幸な事に営業熱心なだけで本人には悪気はない(そしてお節介な)何も知らない女性店員にその矛先は向けられた。
「お客様、大変失礼しました!」
氷室の怒声に気付いて慌てて駆けつけた上司らしき売り場店員が謝罪をし年齢と違って流暢にクレームを言う幼児に呆気にとられた女性店員を引きずるように連れて行った。
「……実に不愉快だ」
何よりも澪が自分でない相手と伴侶だと思われたのが氷室には許せなかった。
「じゃ、俺はこれで失礼させてもらうね。また間違えられちゃったら、お互いイヤだしね」
益田は苦笑を浮かべながら氷室の頭を宥めるようにポンポンと叩きながらボソッと耳打ちするように言った。
「澪ちゃんは零一、おまえだけのものだもんな。だから機嫌直せよ」
クルッと後ろを向いて手をヒラヒラとさせ悠々と益田は歩き去っていった。
見事に怒りの理由を言い当てられた益田を見送る氷室の顔は真っ赤に染まっていた……

「零一さん、悪乗りし過ぎてごめんなさい」
氷室の本当の怒りの理由を知らない澪は氷室にぺこりと頭を下げて謝罪をする。
「この服、そんなにイヤだったんですね?」
「いや、服の事ではなく……違うファクターで……」
流石に益田と君が夫婦に間違えられ嫉妬したんだと言えない氷室は言葉に詰まる。
「僕はなんとなくわかります。兄さん。僕も同じ様な状態で……間違えられたら同じ様に相手に怒ってしまいますから。如月さん、ほら早く兄さんの為に衣服を調達しましょう!」
「そ、そうだね。格くん」
格に急かされて澪は氷室にそれ以上聞かずに服選びに戻っていった。