今日、10月6日は僕、氷上格の誕生日だ。
例年通り、両親から祝ってもらい過ごす筈だ。けれど……僕はある期待をしていたんだ。
……その期待が単なる儚い願いだとしても……
(駄目だ。駄目だ!こんな顔していたら、なんか物欲しそうに見えるだろっ!)
両手の平で思いっきり自身に喝を入れる為に両頬を叩く。
少し力を入れすぎたようだ。頬がジンジンとして、赤くなっているのが鏡を見なくても分かる。
(……らしくないな。君のせいで僕のペースは常に乱されているんだよ)
ジンジンと痛む頬に不覚にも涙目になった僕は窓から空を仰ぎ見た。空は既に西日が沈んでポツポツと星が瞬き始めていた。
左腕の時計が示す時刻は既に午後18時を過ぎていた。もう、一般の生徒は帰って居ない時刻だ。
僕は人知れず溜息をつき秋の夜空を眺めるけれど、いつもの様に星空に集中する事が出来なかった。
おもむろに鞄を手にして僕は帰り支度を始めるけれど淡い期待を消し切れなくて緩慢な動作で時間を稼ぐ。
遅くなってごめんね?って今にも君が教室のドアを開けてきてくれそうな気がして……
(我ながら馬鹿げているよな。他人からのプレゼントをこんなに気にするなんてさ)
ノロノロと学用品を詰め終わった鞄を背中にしょって僕は教室から出ていった。
自転車置き場に行く道すがらやっぱり、彼女の姿を探しながら……
校門にも居ないか。
(期待した分、ショックは大きいな)
自転車の鍵を解除して僕は沈んだ気持ちで走らせた。
海から吹いてくる夜風が冷気を帯びて少し肌寒い。こういう時に体調を崩しやすいんだよな。帰宅したらうがいをしないとな。
更に気持ちを浮上させるように僕は自転車のスピードを上げる。なにも考えないでスピードに身を任せるんだ。と自分自身に言い聞かせながら。
突然、後方から車のクラクションに驚いてブレーキをかけて、振り向いた僕の視界には見慣れたメタリックシルバーカラーのスポーツカーが映る。
「零一兄さん?一体……」
そう、この車のドライバーは僕の敬愛してやまない従兄、零一兄さんの車だからだ。
「“一体”?それは私が訊ねたい。君こそらしくないな。安全運転が本条ではなかったのではないのか?」
路肩に車を停めた兄さんが降りて近付き僕に尋ねる。
「少し考え事をしていたんです。それで注意散漫になっていました。済みません」

「いや、わかればよろしい。以後、気を付けるように」
「はい。今後はこの様な事が無いように努めます」
(久し振りに会ったのに注意受けるなんて本当に愚かだな……僕は……)
「格。失敗は二度と繰り返さなければ良い。今日は君の特別な日だろう?そう沈んだ顔をするんじゃない」
微かに口元に笑みを浮かべた兄さんは僕に優しく諭すように語りかける。
「君に渡そうと思って君の自宅へ向かっていたのだが丁度、良かった。誕生日おめでとう」
兄さんは上着のポケットから包みを出して僕の手のひらにそっと乗せるように渡してくれた。包みは小さくて少し重みがある。
「開けても良いですか?」
尋ねる僕に兄さんは満足そうな笑みを浮かべながら頷いてくれる。僕は包みを丁寧に開けていった。
ブルーのリボンにシルバーの光沢のある包装紙の包みの中から出てきたものはガラスで出来た土星の形をしたペーパーウエイトだったんだ。
ガラス製品を好む兄さんらしいチョイスだなって思ったら自然と笑みが浮かぶ。
少し青みがかったガラスが土星の微妙な縞模様を形成している。
「兄さん、ありがとうございます。大切にさせていただきます!」
思いがけない素敵な贈り物に僕は沈んだ気持ちも消え失せて夢中になっていた。
「気に入ってもらえてこちらとしても選んだ甲斐があるというものだ」
少し顔を赤らめた兄さんはコホンと咳払いをした。同じ癖を持つ僕には兄さんの咳払いの意味がわかるから話題を変えることにしたんだ。
「そうだ。兄さん。これから予定が無ければ家に来ませんか。父と母も兄さんに久し振りに会いたいでしょうし」
「そうだな。元々、そのつもりだったしな。では君の自宅に久し振りに訪問させてもらうとしよう」
頷いた兄さんは停めた車へと戻っていった。安全運転を心がけるようにと一言注意を残して……
僕も自転車に再び乗って兄さんの車の走り去った方向へと走らせる。勿論、安全運転を念頭にしっかり入れてね。
前から見知った顔の人物が歩いてくるのが見えた。
「お〜?ひかみんやない?夜道は危ないで?」
「その言葉はそっくりそのまま君に返すよ。それに、その愛称で呼ぶのはやめてほしい」
「なんや〜。単なるスキンシップやん?カッカしとると体に障るで?」

「君が呼び名を改めれば僕がカッカすることもない。で、仮にも女性である君がこんな時間に独り歩きをしているのか?」
僕は失礼なクラスメート、西本はるひに聞いてみた。
「あのなぁ、立夏が風邪ひいてん見舞いにいってたん」」
「立夏……?水瀬君が風邪をひいたのかい?」
「そや。せやから栄養のつくようにこう、手作りパフェを持参してな……って人の話は最後まで聞くっちゅーのが礼儀やろ!」
ひかみんのアホ〜!と叫ぶ相手を顧みることもなく僕は自転車の速度を上げた。
(風邪?見舞い?水瀬君!無事でいてくれよ!)
ああ……なんて僕は愚かなんだ。君が風邪をこじらせて寝込んでいるというのに心配をせずに君を恨んでしまうなんて……
何度か送って訪れている見慣れた彼女の自宅前に自転車を横付けにして僕はインターホンを鳴らす。応対してくれた彼女の母親は快く僕を彼女の部屋へ案内してくれた。
コンコンとノックしをすると掠れた声で彼女が“どうぞ”と応える。
おもむろにドアを開けて入室した突然の訪問者である僕に彼女は嬉しそうに笑いかけてくれたんだ。
「格くん。お見舞いにきてくれたんだね?今日、会えて本当に良かったよ」
ベッドから起き上がった彼女は机に近付いて引き出しから出した綺麗に包装された箱を僕に手渡す。
「え?」
「“え?”じゃないよ。はい、ハッピーバースディ!」
“忘れていたの?誕生日?”と不思議そうな表情を浮かべながら尋ねる彼女の言葉に僕は何故だか笑いがこみ上げてきて……
「ちょっと?なにか、わたし変な事を言ったかな?」
「ご、ごめん。君に対してじゃなくて……僕自身に対して笑ってしまったんだよ。君から誕生日プレゼントをもらえなくてヤキモキしていた愚かな自分にね」
「プレゼント、楽しみにしていてくれたんだ?」
「……うん。ものすごく……」
上気する頬に熱を感じながら僕は素直に頷いた。
「……特別な日だから特別な相手に祝ってほしいと思うのはおかしいだろうか?」
「ううん。当然の欲求だと思うよ?格くん、顔、赤いよ?もしかして、私の風邪がうつったんじゃないよね?」
「いや、これは決して風邪による発熱じゃなくて……」
「いいからっ!熱計るよ?」
と言いながら彼女は僕の両肩に手を何故か置いてきたんだ……
近付く彼女の顔に思わず瞳を閉じた……

僕の額に彼女の額がぶつかる……あれ?
「うーん。少し熱いね?」
目を開けると額をくっつけたまま笑いかける彼女のが眼前間近に迫っていて……
「だから、この発熱は風邪による為じゃないから」
「そっか。じゃあ一安心だね」
「……僕の心配より君は君自身の心配をしてくれよ」
「うん。ごめんね。心配かけちゃって。誕生日プレゼントも渡しそびれかけちゃうし、わたしってダメだねえ」
あはは。と苦笑を浮かべる相手に僕は必死に首を横に振った。
「いや、君という存在は僕にとって大変有意義な存在だよ。だから、そんな事を言わないでおくれよ」
「ありがとう。格くんって優しいね」
ふわりと笑みを浮かべる相手を僕は思わず抱き寄せてしまったんだ……
彼女の心音と体温が更に僕の体温と心拍数を上昇させる。仄かに香る彼女の香りが更に僕の思考回路を混乱させる……
「こうしていると暖かいね。なんか風邪が治りそうな気がするよ」
「そ、そうかい?君が元気になるならいつまででも構わないから……」
既に正常な思考で考えられなくなった僕は意味不明な事を口走っていた。
「ね?風邪が早く治るおまじないって知ってる?」
「おまじない?」
「そう。おまじない。でもね、一人では出来ないおまじないなんだ。特別な相手と一緒にやらないといけないの。格くんにとって、私は特別な相手かな?」
「え?決まっている!君以外に僕の特別な相手なんて存在しないっ!」
「本当に?」
「僕は嘘は嫌いだ」
正常な判断が出来なくなった僕はほぼ告白している事に気付いていなくて……ただブンブンと首を縦に振る水飲み鳥の置物の様だった。
「嬉しいっ!じゃあ……目を閉じてくれるかな?」
僕は思いっ切り目を固く閉じる。緊張と動悸で今にもどうにかなってしまいそうだ。
両肩に再度、彼女の手が乗せられ体重をかけられたのを感じながら僕は更に目を固く閉じる。今、目を開けたら本当にどうにかなってしまいそうで……
彼女の吐息と温もりが僕の鼻腔を優しくくすぐる。
(不慮の事故じゃなくて本当の……)
と思ったのは束の間。
「やっぱり、やめとくね。大事な格くんに風邪なんかひかせられないよ」
(え〜〜!!)
寸止めで彼女は苦笑を浮かべながら身体を離す。
「そ、そうだね」
僕も乾いた笑いを浮かべる。

「元気になったら……ね?」
素早く耳元で囁かれて僕は情けない声をあげてしまった。
「うーん。格くんにリードしてもらうのは夢のまた夢みたいだしね」
意地悪な笑みを浮かべる相手を僕は拗ねた様な表情を浮かべながら睨みつける。
「ごめん、ごめん。でも、覚悟はしておいてね?」
「……僕だって男性だ。君をリード出来るように努力するよ」
「うんうん。楽しみにしているね」
「信じてないって顔してるな。……って、もう20時じゃないかっ!」
ふと視線を逸らした先にあった壁に掛かった時計を見て僕は思わず叫んでしまった。
「じゃ、じゃあ、失礼させてもらうよ。早く元気になっておくれよ?」
僕は慌てて彼女に暇を告げて部屋から出た。彼女の母親に挨拶をし彼女の自宅を後にした。
自転車に乗る前に彼女からのプレゼントを開封していなかった事に気付いて急いで包みを開ける。
「星空の写真集か……いつか君と星空を眺めたいな。そうだ。天気が良い日に僕の宝物を君に見せるよ。ありがとう」
彼女の部屋に向かって手を振って僕は最高に満ち足りた気持ちで自転車を走らせ帰途へついたんだ。

END



はい!なんとか間に合ったかな……格んハピバ小説っ!
もう、彼が喜ぶシチュエーションなんでラブラブには程遠い出来ですが(汗)
格んのテーマエンドレスで流しながら書き上げましたっ!
では格ん、ハッピーバースディっ!
君が生まれてくれて良かった!
では逃げます!