「氷上くん。一緒に帰ろう」
下校時、彼女はいつもの様に僕に声をかける。
彼女くらいのものだな。僕と一緒に帰ろうだなんて言ってくれるのは。
最初は慣れない申し出に戸惑っていたけれど最近は少し嬉しいんだ。
君に声をかけられるのを密かに期待しているんだ。
「構わないよ。自転車は押していけばいいからね」
彼女は嬉しそうな笑顔を向け僕の隣を歩き出す。
海風が心地良い。
僕達はゆっくりと防波堤脇の海辺の道を歩いていく。
最初はさ、その時間を長く感じたんだ。
だって会話が見つからないんだ。
校門で遅刻違反者取り締まりをしていた時に遅刻違反者として僕に生徒手帳を没収されたのにも関わらず君はこうして僕に声をかけてくれる……
注意した生徒に恨まれる事はあっても慕われる事はなかったから……
「どうしたの?氷上くん?」
どうやら僕はまた考え込んでいたようだ。不思議そうに首を傾げる彼女に苦笑して答える。
「いや、なんでもないよ。君と初めて会った時の事を考えていただけだから」
「初めて会った時の事?あ……あの時はスミマセンでした」
「次からは気を付けるように」
かしこまって深々と頭を下げる相手に僕も真面目に返してみる。
「氷上くんって先生みたいだよね」
「先生?悪くはないな」
談笑をしながらだと時間は短く感じるものなんだな。
ふと僕は彼女を見ていて何かを思い付いた。思い付いた後、何故、もっと早くにこの事に気付かなかったんだろうって後悔もしたけど……
彼女を家まで送り届けたら早速実行しよう。
僕は我ながらの“名案”に内心、浮き足立つ思いで彼女の家の前で彼女と別れた後、自転車に飛び乗りある場所を目指したんだ。
(確か……5リッチもあれば大丈夫な筈だ
明日、君はどんな顔をするのかな。実に楽しみだよ)
君の笑顔がみたいから。
次の日の下校時刻。僕は彼女の姿を探していた。
早く君に見せたかったから……
「あ、氷上くん」
見つけた。彼女はいつも通り笑顔で駆けてくる。
「方向も一緒だし一緒に帰らないかい?」
「うん!喜んで」
彼女は凄く嬉しそうに頷いて僕の隣、定位置にと収まった。
「あれ?氷上くん。これ……」
「ああ、これかい?その……自転車に前籠を付けてみたんだ。なにかと便利かなと思ってね」
「うん。確かにあると便利だよね」
頷く彼女と鞄を僕は交互に見つめてみる。
とてもじゃないけど“君の為に付けたんだ”なんて照れくさくて言えない。
「じゃあ、帰ろう」
(置かないのかい?ここに鞄を?この籠は君の鞄の指定席なんだよ?)
鞄を提げたまま歩き出す彼女に僕は思い切って言った。
「水瀬君。ここに是非とも鞄を置きたまえ。籠は、その為に付けたんだ……」
言った途端に顔が赤くなっていくのが見なくてもわかった。
「わたしの為に籠付けてくれたんだ?ありがとう」
満面の笑顔でお礼を言う君の顔、その笑顔が見られるなら僕に出来ることならなんだってするよ。
「ああ。だから乗せたまえ」
「ではお言葉に甘えます!」
前籠に彼女の鞄が乗せられる。僕達は歩きだした。
「今日ね、氷上くんから誘われてスッゴく嬉しかったよ」
「そうかい?早く、君に見せたかったから、つい声をかけてしまったんだ」
「そうなんだ」
少し残念そうに微笑む彼女に僕は慌てて言う
「コホン、その、君が迷惑でなければ、また僕から誘っても構わないかい?」
「迷惑だなんて全然、思ってないよ?あ、そうだ。今度、お茶していかない?」
悪戯っぽい笑みを浮かべる相手に僕はピシャリと返す。
「ダメだ。下校時に喫茶店に寄るのは校則で禁止されている」
「やっぱりダメか〜。氷上くんと楽しくお茶したかったなぁ」
「その……理由があれば許されるかも知れない。例えば喉が渇いて仕方ない時とか……」
「じゃあ理由あるよね。わたし喉渇いて仕方ないし」
「……僕もだ」
「じゃあ決まりだね。今から行こう!」
「今からかい?ああ、行こう」
君といると僕は僕でなくなるような気もするけれど、その変化を受け入れるのも悪くはないと思うんだ。
僕達は彼女お勧めの喫茶店へと向かって歩き出した。
END
リハビリ兼ねて思い付いたネタを文章化〜
自転車に前籠を付ける経緯はこうだったんかな〜と。
では失敬!