・始まりは夢の中
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「やっと起きたか。まったく君は……」


もうすぐ高々と陽が昇る時間
そんな明るくなり過ぎた頃に私は起きた。


「ひっ氷室セン……」

「そんな声を上げるな。まずは挨拶からだ」


ピシャリと正される。

この時間での挨拶…
どちらが正しいのかはわからなかったが、とりあえず何か声にしないとまた叱られそうだ。


「お…おはようございます…?」

「疑問符は不要だ。フッ。まぁいいだろう…おはよう」


ここが私の部屋という事は間違いない。

窓からの見慣れた景色
部屋の匂い
クローゼットに掛けられた洋服達

全て、ここが自室だと確信させる物ばかり。

なのに、どうしても信じられない。

…この人がいるから。


「あ、あの…何故ここに?今日は…」

「君に用があって来た。それ以上の理由はないだろう」


言っている事は、これ以上ない程明確だ。
確かに、用がなければわざわざ家にはこないだろう。

しかし、ならばせめて客室で待つべきだし、いつもの先生ならそうしているはず。

何故?


「君の………」

「…はい?」


思わず息を飲む。

次に出る言葉が予想付かない。

君の……?

私の……何?
「……君の寝顔を見に来た」

「はぁ…寝顔を。そうだったんですか…………って…えぇぇぇぇっ!?」










──PiPiPi…──












「…またこの夢か。何度目だろ」


そう。夢だ。

はばたき学園を卒業して、もう二年近い。

先生に向けていた気持ちを伝える事なく…
私は卒業した。


あれから二年。

確かに卒業して間もない頃は、先生の夢ばかり見たけれど

今になってまたこの人の夢を見るなんて。

…どうかしてる。

もうとっくに…先生への気持ちは…

そう自分に言い聞かせ、支度の準備を始めた。


とかく朝は慌ただしい。

朝食を取る頃には、夢の事などすっかり忘れる。

忘れる事も朝の日課の一つだった。

そしてまた、次の朝に思い出す。

…こんな朝はいつまで続くのだろう。

いつしか、不安にも似た気持ちが色を増していくのも事実。


「今日は忘れられそうにないな…」

そう小さく呟き、家を出た。
変わらぬ毎日が、今日こそは変わるよう祈りながら─。


「さぁて。今日も一日頑張りますかっ!」

気合いを入れてバス停へと向かうと、まだバスが来るには早い時間だというのに、既に何人かによって列が構成されていた。

「みんな早いなぁ」

ポツリと漏れる小さな声は、きっと誰にも聞こえていない。
前に並ぶ、サラリーマンらしき男性すら無反応だから。

─しっかり声に出さなければ、人は人の気持ちなんて解らない─

ふとそんな事を思い、携帯をいじる指を止め、次いで自嘲が漏れる。

「しっかり声に出さなければ……か…」

それをしなかったのは、紛れもなく私だ。

二年前、自分の気持ちを伝える事をしなかったのは私。

今になって後悔するなんて、卒業前には想像も付かなかった。

告白しようなんて事すら、考えなかった。

その先の事を考えるのは恐かったから。

だって…

私には生徒の枠を越えられないって、頭のどこかで解ってた。

だから敢えて、最後ぐらいは大人しく卒業したんだ。

これ以上、先生に迷惑を掛けない為にも。

なのに…

なのに…

この気持ちは何…?


「お客さん!乗らないんですか?」


気付くとバスが着いていて、私以外の人達は皆、その車体の中に収まっていた。


運転手の問掛けにハッとし、いそいそとその中へ進む。

冷ややかな視線を感じながら、空いている席を探したが、どの席にも先客がいたので仕方なく吊革に掴まる事にした。

「はぁ…」

今日の私はおかしい…

あんな夢をいつまでも覚えているからだ。
昨日までみたく、忘れてしまえばいいのに。

そうだ。忘れよう。

気にするような夢じゃない。
ただ少し、昔が懐かしくなっただけ。

今の現状に満足してない訳じゃない。

窓の外を流れる景色を見つめ、そう言い聞かせたその時

♪ ♪ ♪〜

不意に携帯が鳴った。

静かな車内で響く着信音に、客の視線が一斉に集まる。

かなり気まずい状況。
慌てて保留キーを押し、そのままバッグへ押し込んだ。

そうこうしているうちに、バスは次々と乗車客を吐き出す。

私もその中の一人。

発信番号を確認する事なくバスを降りた。

その番号が全ての始まりだとは知らずに──。













「あれ?切られちゃったか〜。ま、仕方ないかな…」


この謎の男がキーマンになる──。


そこから全ては始まった
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珍しく、太陽が顔を出す時間まで起きていたこの男。

いつもはとっくに夢の中の時間だ。

起きている理由は、“例のあの子”に電話をかける為。

女性に電話をかける為だけに夜を明かすなんて、自分の彼女にさえした事がない。

「俺って一途だねぇ」

誰もいない一室で、そう毒付く。

「さて…と。楽しみは今晩まで取っておくとしますか」

シャッターの隙間から入る光に背を向け瞼を伏せた。

例のあの子が、落ち着いて電話に出られる時間まで、暫しの休憩だ。

今夜のお勤めに支障が出ないよう、早く夢の中へ行かなければ。


そう。

カンタループは

今夜も営業するのだから。

さて
事の始まりは、昨夜。

金曜の夜の事だ。

週末という事もあってか、零一はだいぶ酒を呑んだ。
多弁になる程に。

「なぁ零一。お前がさっきから語り続けてるのは、例のあの子の事のだろ?」

なんとなく誤魔化し気味に話してはいるが、間違いなく例のあの子…
二年前に零一が連れて来た、生徒さんの事だと解っていた。

「いいや。違わないね。俺にそんな見え見えな嘘付くなよ」

そう答えたのは、思い切り否定されたからだ。

…コイツは解り易すぎる。

「今でもそんなに気になるんだったら、電話の一つでもしてみろ」

「何を今更…。してみた所で解決するような問題でもない。返ってあの子に迷惑が掛るだけだ」

と、こうだ。

何を言っても聞く耳持たぬって顔で、全面否定。
いい加減認めてもらわないと、話が一向に進まないどころか、堂々巡りなんだが…

「わかったよ。お手上げだ。だからな?零一」

「何だ」

「俺が変わりに電話してやるよ」

「なんだと?益田、今何と言った?」

あまりにもぶっ飛んだ話だったらしく、目を見開いて食いついてきた。
カウンターに乗り上げる勢いで。
…あの零一がだ。

これは無理矢理にでも話を進めなければなるまい。
と、訳も解らない使命感に駆り立てられた。

「だ〜か〜ら〜俺が電話してやるって言ってるんだよ」

「だから、何故そうなる」

「“だから”で返すなよ。くどいぞ?」

「そんな事はどうでもいい。俺は、何故そうなるんだと聞いているんだ」

俺は…か。
学校ではそんな言葉使ってないだろうに。
きっと“例のあの子”にも。


「それはだなぁ。お前を見ていて、あまりにも不敏に思ったからだ。それ以上の理由はないし、お前とあの子を会わせようとしている訳でもないぞ?」

わざと引っかかる言い方をしたのは訳がある。

「益田。お前は何か誤解している。俺は彼女を好きだなどと言った覚えはない。それが何故そういった考えに至るのか…」

コイツをむきにならせる為だ。
むきになればなる程、ボロが出るんだな。コイツは。

「何?好き??俺は何も、お前と生徒さんをくっ付けようとしてる訳じゃないんだぜ?それとも何か?好きなのか?」

な?ボロが出た。
ここまで来れば、こっちのもんだ。

騙したな?と言わんばかりの形相を無視して、更に追い討ちをかける。

「もう、認めろよ。好きだって。親友の俺に隠し事なんて水臭いぞ」

「何が親友だ…悪友の間違いじゃないのか?」

「それは光栄だな」

この言葉に気を抜かれたのか、ついに負けを認めた。

「…あぁそうだな。確かに俺は彼女が好きなのかもしれない」

「だったらなんで…って、お前にこれは無駄な追求だな」

恐らく、今の今まで自分の気持ちに気付いていなかったのだろう。
その証拠に、今の零一の顔は『まいったな』という顔になっている。

この顔の時は大抵こんな時だ。

「だがな」

先に口を開いたのは零一だった。

「今更気付いて…いや、気付かされても俺にはどうする事も出来ない」

「またそれか。お前の悪い所だぞ?今までだって、そう言って何もやらずにいただろう」

色恋沙汰となると、後からどうしたらいいのか解らずに我慢してしまう傾向があるんだ。コイツは。

「確かにそうかもしれないが…」

「流石に、いきなり電話しろってのも酷だな。しかもそんな泥酔状態じゃ」

「泥酔は言いすぎだ」

「解った解った。まぁ、今日のところは勘弁してやるから、また明日来い。どうせ明日は土曜日だ。暇だろ?」

「暇というのは語弊がある。教師たるもの、土曜でもそれなりに忙しいんだ」

それは良く理解してる。
休みの間、生徒の為にいろんな努力をしてるってな。

「それでも夜は空いてるだろ?また話聞いてやるから」

「…そうだな。明日はお前の奢りで呑むとしよう」

「なんでそうなる…まぁ、いいさ。その代わり、早めに来いよ?」

「解った。じゃぁまた…今夜」

そう言って零一は帰っていった。

俺がこの後“例のあの子”に電話をしたのは言うまでもない。

・駆け引きゲーム
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「ただいま〜」

氷魚が自宅に帰ったのは午後6時過ぎ。

カンタループに、まだ氷室は到着していない。
到着までもう少し…といった時間だろうか。

そんな事とは露知らず、氷魚は日がな一日、夢と氷室への想いを馳ていた。

「一日中何も手に付かなかったよ…私は恋する女子中学生か?」

冗談抜きに、何をするにも上の空だったのだ。

声を掛けられても空返事。
歩いていてもすぐに立ち止まる。
果ては、誰かにぶつかった事さえ気付かない。

それもこれも、行き場のない想いが、氷魚の頭の中をグルグル巡っているからだ。

「あぁっもう!何でこんな時に限って誰も誘ってくれないのさっ」

今日は土曜日。
週末だ。

携帯は今朝鳴ったきり、ウンともスンとも言わないまま。

……今朝?

「そうだ。着信あったんだっけ」

最後の着信から十時間。その間、何度か携帯を見てはいたが、着信履歴を確認するまでには至らなかった。

何せ、何をするにも上の空だったから。

「知らない番号…誰だろ?」

発信元は、どうやら固定電話。
固定電話からかかってくるなんて事は、最近めっきり減ってきている。

その番号を調べる術もなし…
いや、電話帳で調べるという手段もあるにはあるが…面倒だ。

帰宅直後という事も手伝ってか、その番号については忘れる事にした。

……というか、上の空だから考えていられないのだけれど。

朝からエンドレスで脳内を駆け巡る夢と氷室が、この呪縛から逃してくれない。

「うぅぅ…誰か助けてよ〜」

口に出したのは、弱音ではない。
今日の口癖のような物だ。
何度呟いた事だろう。
誰かがカウントしていたら、きっとスゴい結果になっていただろうに。

「…ってか、お腹空いたなぁ」

ハタと気付く。
腹は減る。
こんな時でも腹は減るのだ。

何せ、昼食もまともに取っていなかった。
だからだろうか?考えがまとまらないのは。

「とりあえず誰か誘って、ご飯食べに行こうかなぁ」

このまま部屋にいても、尽にからかわれるのは目に見えている。
それだけは避けたいのだ。せめて今日ぐらい。

さっき放り投げた携帯を手繰り寄せ、アドレスを辿る。

土曜の夜に空いていそうな友達を探すのは、失礼な程簡単で、すぐに目星が付いた。

後は発信ボタンを押すだけだ。

ボタンを押そうとしたその時

♪ ♪ ♪〜

「!!!!?」

突然携帯の画面に割り込んできた、着信番号。

それを知らせる着信音は、登録されていない番号からの物。

「…この番号って」

見覚えがない訳がなかった。
ついさっき、着信履歴の一番頭にあったものだったから。

「もしもし…?」

恐る恐る耳に当ててみる。

「あ、もしもし?こんばんわ。判るかなぁ?」

聞こえてきたのは、あまりにも突拍子のない声で。
だからと言って、嫌いになれない話し方。

前に一度聞いたことのある声だと、すぐに判った。

「あの…もしかして…マスターさんですか?」

「はははっ、当たり。お久しぶりだね。朝もかけたんだけど…」

「ごめんなさいっ!バスの中だったもので…慌てて切っちゃったんです」

そう言って深々と頭を下げた。
それを見透かしているかのように、受話口で笑う声が聞こえた。

「そうだろうと思ったよ。ごめんね、こっちこそ忙しい時間にかけちゃって」

「いえいえ!全然そんな事!」

氷魚はまた頭を下げる。
謝っているのは益田だというのに。

「でも…どうしたんですか?どうしてこの番号を?」

「ん?ちょっとね…その件なんだけど…生徒さん、単刀直入に言うけど驚かないでね」

さっきまで上の空だった気持ちが、どんどん吸い寄せられていくのが判った。

何かが始まろうとしている。
この変わらない毎日から抜け出せる。

そんな気がした。

「今からうちのお店に来ない?」

この言葉で、それは確信に変わった。

「はっはい!!」

「なんだか拍子抜けするぐらい即答だね。もうちょっと抵抗されるかと思ったんだけど」

暇な奴だと思われただろうか。
でも、実際この週末は暇だったのだから、そんな事はお構いなしだ。

何より、益田の元へ行けば氷室に会えるかもしれない。
ずっと頭を離れない、元教師に。

「あはは。実はすごく暇だったんです。週末だっていうのに、誰も誘ってくれなくて」

心の奥の本当の気持ちは隠した。
言ったって仕方ない事だったし。

「そっか。じゃあ決まりだね。場所は判る?」

「はいっ。大丈夫です。でも、一つだけ聞いてもいいですか?」

「ん?なんだい?」

「なぜ私に連絡を?」

今日は週末。
わざわざ客引きなんかしなくても、十分お店は賑わうはず。
私を誘う理由がない。

「ちょっと…ね。君とお話したくなったんだよ。それだけさ」

本当にそれだけの理由なのかは疑問だったけれど、そんな事行ってみれば判る事だ。

今は、自分のこの気持ちを抑えきれない。

「もしかして…いえ、何でもないです。支度して向かいますね」

「うん、待ってるよ。気を付けておいで」


…氷室先生は来ますか?

そう聞かないまま、通話は終わった。


「…何期待してんだ、私」

自嘲気味に笑う。

その期待が裏切られたら、その時はどうなってしまうのだろうか。
でも今は…その可能性にかけたい。

そんな事を考えながら着替えに取り掛かろうとした時、自分の矛盾に気が付いた。

「何が、“もうとっくに先生への気持ちは…”だ。思いっきり会えるの期待してるじゃん。やっぱ私、好きなんだな…先生の事」

それを認めた瞬間、今までの霧が嘘の様に晴れていく。
自分の中にずっと掛かっていた霧が。

暗くなりゆく空とは引き換えに、氷魚の気持ちは晴れ渡っていった。

明るい色のジャケットに袖を通す。
それは、今の気持ちと同じ色。

足取り軽く階段を駆け下りる。

「お母さ〜ん!私ちょっと出かけてくる〜」

そう言って、返事も待たないまま玄関を飛び出した。

「…もしかしたら朝帰りかも、ね」

なんて、根拠もない言葉を小さく付け足して。


・始まりの合図
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氷魚が家を出た頃、客人によってカンタループの扉が開かれた。

客人、それは氷室である。

「よぅ零一。早いな」

「それが客に向かって言う言葉か?まず、早めに来いと言ったのは…」

「あぁはいはい、それ以上言うな。その台詞は聞き飽きた。まぁ座れ」

昨日より少しラフな格好で来た氷室をカウンターへ座らせ、いつもと変わらぬ会話を始めた。

「いつもので、いいよな?」

「あぁ、頼む」

「ところで、明日は何か予定でも?」

「いや、特にない。済ませるべき用は今日片付けたからな」

「そうか。それは良かった」

ジンとライムジュースを入れたグラスをステアし、ほらよとカウンターへ置く。
店内を流れるジャズとグラスにあたる氷の音だけが、今聞こえるすべてだ。
まだ他に客はいない。

「暇な店だな、相変わらず」

「それも聞き飽きた」

昨夜は何事も無かった、と言う様にジンライムを呑む氷室が少しじれったい。

「あんな事話したってのに、お前こそ相変わらずだ」

「…あぁ、そうだな」

「ま、いいさ。今日は俺の奢りだったな。たんと飲め」

「無論、そうさせてもらうつもりだ」

じき、氷魚が来る。
それまでに少しは酔ってもらわないと、それからの会話に支障が出そうだ。
自分の気持ちにやっと気付いた友へ、せめてもの気配りといったところか。

「そうだ、零一。今日はタクシーで来たんだよな?」

「当たり前の事を聞くな。酒を呑むつもりで来たんだ、当然だろ」

「だよな。じゃあ、帰りも…タクシーだよな?」

「何が言いたい」

「いやぁ、聞いてみただけさ」

疑いの眼差しを向けられたその時、生ぬるい風が流れ込んできた。
店の扉が開かれたのだ。

「いらっしゃい!…ませ」

一瞬、氷魚が来たのかと思ったが、違う客だった。
それで慌てて「ませ」を付け加えた。

「お好きな席へどうぞ」

今入ってきた2人組の客は、恐らくカップル。
営業スマイルで接客したものの、氷魚ではなかった事にがっかりしたのが本心だ。

2人がテーブル席に着いたのを見届けて、氷室はまた疑いの眼差しを向ける。

「やはり何か隠しているな。さっきからお前の言動には、やけに引っかかる部分が多い」

「そうか?至って普通だと思うけどな、俺は。それよりもうグラスが空じゃないか。次は何にする?」

「益田、はぐらかすな。俺に嘘が通せるとでも思って…」

詰問が始まろうとした瞬間、またさっきと同じ風が流れた。
それに氷室が振り向くと、言葉は止まり、驚きの表情に変わった。

「やぁ、いらっしゃい。ここでいいかい?」

カウンターを指差し、今入ってきた客人に目配せをする。
『ここ』とはもちろん氷室の隣だ。

「ほらほら、ボーっとしてないで再開の喜びの言葉でも交わしなよ。2年振りだろ?」

突然の事態に、氷室は声も出ないらしい。
それは、客人…つまり氷魚も同じことらしく扉のそばから動けないでいる。

「あ、そっか。俺は邪魔者…かな?」

クスクスと片手を口に当て、そのまま退散しようとした時、こちら側にいた氷室から制止の言葉が掛かった。

「待て。益田、コレは一体どういう事だ」

「どういうって、見たまんまの事さ。この店で お前と生徒さんが 久しぶりの再開を 果たした ってだけの事だ」

「だったら!そのわざとらしい話し方はやめる事だな」

「あの…お久しぶりです!氷室先生!」

あまり歓迎ムードではない2人の会話に、恐る恐る割って入った氷魚の声が店内に響く。
さっきのカップルにまで聞こえる程で、驚いた様子でこちらを見ている。

それに構わず口を開けたのは氷室だ。

「久しぶりだな。焔…何故ここにいる」

「それは…マスターさんから電話があって…」

驚くほど低い声。
2年振りの会話だというのに、どう贔屓目に見ても氷魚を歓迎しているとは思えなかった。

「おい、零一!そんな言い方無いだろ。生徒さん、困ってるじゃないか」

確かに氷魚の顔は、今にも崩れ落ちてしまいそうだ。

…が。

「何を勘違いしている。俺は、お前に聞いているんだ」

「俺にか?だったら、こっち向いて言えよ。勘違いさせてるのはお前の方じゃないか」

「それは、あまりにも気が動転しているからであって…」

「お前でも動転するなんて事があるのか!?有り得るのか?」

「何をそう興奮する。私が…」

「そうかそうか。良〜くわかった」


「私はまだ何も言っ…」

「聞いたって時間の無駄だ。それより、生徒さんを構ってやったらどうだ?」

クイッと顎で指示を出し、氷魚に微笑む。
それに釣られて、氷魚も微笑んだ。

「先生?お隣…いいですか?」

今度は怯る事無く、そう淑やかにそう言った。
氷魚がここにいる事を不快に思っているのではないと分かったから。

「あ、あぁ。コホン…結構だ」

少し戸惑いながら答えた氷室の頬は、チョットだけ赤くなっていたが、店内の薄暗さで氷魚には気付かれなかった。

「すいませ〜ん!」

「はいはい、ご注文ですか?」

氷魚が椅子に手を伸ばした時、先客のカップルが益田を呼ぶ。
ナイスタイミングだと、ニヤニヤしながらカウンターの中から出て行った。これでとうとう二人っきり。

お互い、何から話せばいいのか微妙な空気に包まれる。
向こう側で、益田がオーダーを取る声が聞こえた。

「あちらのお客は、カルーア・ミルクですね。やっぱり女性は、甘いカクテルが好きなんでしょうか」

「焔、あまり他の客人の注文に干渉するものではない」

「あっ、はい…すみません」

「私に謝る事ではない。誰しも失敗はあるものだ、これから気を付ければいい」

「は、はい。すみません…」

謝ってばかりの氷魚を見て、氷室は可笑しくて堪らなくなった。
少し酒が入ったからかもしれない。
声を出して笑った。

「先生!?どうしたんですか?酔ってます?」

「そうではない。君があまりにも変わっていないのでな…つい笑ってしまったのだ」

生徒でいた時と、今目の前にいる氷魚は、この二年という時間を取り戻す不思議な空気を持っていた。

そのせいか、二人の距離は自然と短くなった。
会話が弾む。

「しかし、君も酒を嗜む年になったのか」

「いえいえ!私、あまりお酒は得意じゃないんです…」

「それでは、先刻カルーアの名を出したのは」

「あぁ、あれは前に飲んだ事のあるカクテルだったので」

「そうか、そういう事か。ならばこの店に来ても楽しめないのではないか?」

確かにカンタループはジャズバーであって、酒の場だ。

「でも私は…」

「なんだ?言ってみなさい」

生徒さん、何飲む?」

いつのまにかオーダーを取り終えた益田がカウンターから口を出した。

「今、焔の話を聞いていたところだ。まったくこの店の主人は、客の話中に声をかけるのか?」

「だって、まだ何も飲んでないからさ。それとも何か?大事な生徒さんが干からびちゃってもいいのか?」

「っ!!!そういう軽はずみな発言はやめろ」

「ん?なんか言ったか?」

「つ、つまり…大事な…生徒…と」

氷室はチラッと氷魚の顔を見、目が合うとすぐに逸らしてしまった。
心の内を知っている益田は可笑しくて堪らない。

「さっきから変なんですよ、先生。急に笑ったり、照れたりして…」

学園内で見る事の出来なかった氷室の状態にやや心配を覚える氷魚を見て、更に可笑しくなる。

「う〜ん、そりゃあ…ある症状が出てるんだよ」

「えっ!?症状って、何か病気なんですか?」

「まぁ、ある意味…病気かな?」

「益田!お前は余計な事を言うな。注文があっただろ、早く持って行け」

わざとスレスレなヒントを出した悪友を睨み、退散させようと促す。
しかし残念な事に、カルーア・ミルクとウイスキー・ソーダは、バイトの手によって運ばれた後だった。

「残念でした。それで、生徒さんの飲み物は決まったかい?」

「じゃ、じゃあ…ファジー・ネーブルをお願いします」

「ほう。ファジー・ネーブルとはなかなか」

「あぁ、生徒さんらしいね」

二人は意味深に顔を合わせ、そして益田は注文の物を作り出した。
薄ピンクのリキュールと、鮮やかなオレンジジュース。
見惚れてしまう程の手際良さだ。

「キレイですね、マスターさんの指」

フッと漏れた一言に、二人は目を剥く。

「なっ!!?」

「ハハハハッだろ?…なんて冗談は後にして。どうぞ、ファジー・ネーブルです。そうだな、このカクテルの説明は零一に任せようか」

すっかり嫉妬している様子の氷室にバトンタッチする。
これ以上、振られっぱなしの氷室を見るのは忍びないから。

「カクテルの説明…ですか?」

「そう硬くならず、飲みながら聞いてくれればいい。まず…」

益田の気配りを知ってか知らぬか、嬉々として説明を始めた。

「ネーブルとは知っての通りネーブルオレンジの略語。そしてファジーとは、曖昧、またはぼんやりした様子という意味だ」

氷魚は、言われた通りカクテルを口に運びながら聞く。

「まだ少年や少女の気分が心の中で揺らいでいる、ファジー…つまり、あいまいな時間を過ごしている者に勧めるカクテルである」

「つまり、私にピッタリだ…と」

ファジー・ネーブルを注文した時二人が笑ったのは、こういう意味だったのだと理解する。

「曖昧な時間って、私はもう大人ですっ。まだ学生扱いをするんですか?」

氷室をまっすぐ見つめる。
そう膨れた顔をして。

「//////そうではないが、もう大人だとも思えんな」

見つめる瞳にたじろぎはしたが、はっきり否定した。
少し目は逸らしたけれど。

「なぜなら、君はまだまだ経験を踏んでいないからだ。確かに年齢で判断するならば成人と認められる。が、経験を踏まえた上で…」

「じゃあ私、色んな経験したいです…先生と一緒に」

いつの間にか氷室の前には、空になったグラスの代わりに、また同じジン・ライムが置かれていた。

それに気付かなかったのは、話に夢中になっていたのもあるし、氷魚の言葉によって固まっていたせいもある。
まるで時間が止まったようだった。

「また生徒だった時みたいに…ううん、生徒じゃないからこそ、あの頃出来なかった事をいろいろ」

「…どういう…意味だ?」

「ですから…もっと先生と一緒にいたいって事です。いけませんか?」

さっきの膨れた顔とは一転した、真剣な眼差しを投げかけてくる。
氷室にも、その真意が伝わるまでに。

「酔っている…のか?」

本当はこんな事を言うつもりはなかった。
こんな風に誤魔化してしまうつもりは。
だが、あまりに突然の事にこう誤魔化すしかなかった。

「いえ、酔ってません。私ずっとずっと先生に言いたかったんです。この気持ち」

「そうか…」

「でも、あの頃はちっとも私の事を異性として見えもらえなくて。だから、我慢して我慢して…先生に迷惑が掛からないように…黙って卒業したのに…」

氷魚の目からは、いつの間にか暖かい物が流れていた。

「なのに、今日ここでまた会えて…あの頃のままみたいに普通にお話出来て…私、ホント嬉しかった」

堰を切って溢れる言葉と涙。
周りを気にする余裕はない。 

「でもやっぱり先生は…私を生徒としか…思えないん…ですよね」

嗚咽を漏らしながら、詰まる声を精一杯出して聞く。
今度は目を合わせられない様子で。

益田の姿はカウンターの中に見当たらなかった。
きっと気を利かせて他の客の元へ行ったのだろう。

「…泣くな」

「……すいません…でも止まらなくて…迷惑かけてますよね」

「焔、私の目を見なさい」

首をフルフルと横に振る氷魚の顔を両手で包み込み、こちらを向かせる。

「見ないで下さい…きっとすごい顔してる」

俯いて、意地でも顔を上げたくないと主張する。
それでもなお、瞳を覗き込み、その瞳から溢れ出る涙を優しく撫でた。

「俺が、迷惑をかけられている顔をしているか?」

「ひっ…せん…せぇ……」

「泣くな。こちらまで泣きたくなる」

ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。

と心の中で繰り返す。
でも、声にならない。

「…立てるか?」

「…はい」

「では、店を出よう」

氷魚を席から立たせ、益田の元へ歩み寄る元教師の姿が涙でぼやけて見えた。

「益田、すまないが今日は…」

「あぁ、いいさ。どっちにしろ今日は俺の奢りだって話だったからな」

「フッ。そうだったな…」

「それより、生徒さんの事。しっかり支えてやれよ」

「あぁ。騒がせてすまなかった」

こんな会話が聞こえて間も無く、カンタループの扉は開かれた。

外に出ると、生ぬるい風が二人を包んだ。

・それぞれの想い
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きっとこのまま家に帰されるんだ…

カンタループを出てから二人は歩いた。
その間氷魚は、そう思っていた。

「大丈夫か?」

まだ涙が乾ききらない瞳を覗き込まれて、つい顔を背ける。

「はい、すいません。もう…大丈夫です」

本当は大丈夫なんかじゃなかったけれど、そう答えるしかなかった。
駄々を捏ねたところでどうにかなるものではない。
そんな事をしたら、益々惨めになるだけだったから。

「まったく君は…いつになっても心配ばかりかけるな」

「…ごめんなさい」

また込み上げて来そうな涙を堪えて、まっすぐ前を向く。

今日は帰らないつもりだったんだと、ほんの少し前まで本気で思っていた自分が笑える。
何を根拠にそう信じていたのか、今は解らない。
きっと、浮かれていただけ。自分ひとりで期待していた。

「少し遠回りになるが、いいか?」

自嘲し始めた時、思いがけない言葉が掛かった。

「え?はい、構いませんけど…」

恐らく、頭を冷やす時間稼ぎで遠回りするんだろう。
そのぐらいの時間、何てこと無い。

どうせこのまま先生と会えなくなってしまうのなら、例え少しの時間であっても一緒にいたい。

「では、タクシーを呼ぼう」

「タクシー…?」

遠回りだというのに何故わざわざ…と疑問に思う間も無く、空車の文字が光る車体が横付けされた。

「私の出す指示に従って走行してもらいたい」

「かしこまりました」

乗り込むと、行き先をはっきり告げずこう言った。

「あの、先生?」

「なに、心配する事はない」

ウインカーのカチカチという音がして、二人を乗せたタクシーは走り出す。

表情を伺おうとしても、夜の街を照らす街灯だけでは充分でなく、何もそれから知りうる事は出来なかった。
ただ判ったのは、到着まで目を瞑っていたというだけの事。

車は程なくして停車した。

降ろされたのは、海岸沿いの道。

「あの、先生?ここは一体…」

「海だ。それも、私がこよなく愛する海」

浜辺に降り立ったものの、波打ち際がどこなのかはっきりしない。
波の音だけが近くに聞こえる。

それでも月明かりのお陰で、互いの顔はぼんやり見る事が出来た。

「君をここへ連れてきたかった」

状況が把握出来ない。

なぜ?
こんな海に連れてこられても、私のあなたへの気持ちは膨らむ一方。
余計に別れが辛くなる…

そう思って、また涙が出てきそうになった。

「…先生」

「泣き顔の君ではなく、笑顔の君をな」

「…え?」

「そんな顔の君を連れてくるはずじゃなかった」

放心状態の私に、先生は近づいて言葉を続けた。

「つまり…もっと早くに…」

そう聞こえた瞬間、ふわりとした風と共に声が後ろに回る。
次いで、暖かな感触。

「もっと早くにこうする事が出来ていたなら…」

把握するのに時間は掛からなかった。
体中に広がる暖かな感触と、耳元で感じる声。

今私は…先生に抱きしめられている。

「君を泣かせずに済んだ。笑った君を抱きしめる事が出来たのに…」

「せん…」

やっと、自分が勘違いしていた事に気が付く。
この暖かな温もりが気付かせてくれた。

「それってつまり…期待しちゃって…いいんですか?」

「あぁ」

「好きでいて…いいんですか?」

「私がそれを望んでいる」

「でも私の事、まだ生徒だって思っ…」

「君の事は、卒業する前から特別な目で見ていた。自覚はなかったが、そうだったらしい」

そう言って、更に腕に力を入れてくれた。
苦しいけれど、心地いい。

「泣いているのか?」

肩を震わせているのに気が付いたらしい。
心配そうな声でこちらの顔を覗き込もうとしているのが分かった。

「フフッ、泣いてませんよ」

泣いているのではない。
嬉しくて嬉しくて
それから…あまりにも先生が可愛いから笑っていたのだ。

「先生?」

「…なんだ?」

「酔ってます?」

さっきの仕返し。
だって、すごく傷ついたから。
あの時、私のこの気持ちが誤魔化されそうだった。
そんなの失礼ですよ、先生?

いつまでも肩を震わせている私に戸惑ったのか、先生は腕の力を弱めた。

それで我に返ったのか、わたわたと手のやり場に困った様子で私の肩に手を掛け、体を離した。
本当は、もう少しこうしていたかったけど…そういう訳にもいかない。

「その…すまない。順序を間違えてしまった」

「順序?」

「つまり、こういった行為をする前に…君に私の気持ちをはっきり伝えていなかった」

僅かな月明かりでも、目を逸らしているのが分かった。
それから、真っ赤になっている顔も。

「私の目を見て下さい」

「…敵わないな、君には」

さっきの仕返しじゃなくて、今度は本心。
目を見て話すって事は、大切な事だから。
だから、まっすぐ私を見て欲しい。

「コホン…では改めて、私の想いを君に聞いてもらいたい」

「………はい」

「…随分遠回りしてしまったが、互いが幸せになれる道は一つだと…そう確信した。焔…私は、君を愛している。今までも、これからもずっと。私の隣で笑っていてくれないか」

月の光がこんなにもあたたかい。

波の音が遠くで感じる。

潮の香りが不思議と甘い。

きっとこんな感覚は、この先得られない。
この瞬間だけ…この何物にも変えられない瞬間だけが、そう感じさせてくれているんだ。

先生がいなければ、得られなかった。

私は、ありがとう と よろしくの意味を込めて、先生に肩を寄せて笑った。

「私も…ずっとずっと好きです」

そう言って。

・それからの二人
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それから二人は暫く、海を見つめながら肩を寄せ合っていた。

「随分こうしてますね…今、何時ぐらいなんでしょうか?」

「そうだな。いい加減、益田に連絡の一つでもしないと…まぁ今頃は熟睡している頃だと思うが」

月も大分光を弱めてきた。
辺りは既に明るくなってきている。

「しかし、こんな時間まで起きているのは久しぶりだな」

「私がいつまでもこうしてるからですよね…すいませ…」

「君はいつも謝ってばかりだな」

そう遮って、クククと口元を押さえて笑う。
愛おしくて堪らないといった感じで。

「もう!先生笑いすぎです!」

膨れた顔で睨み返す氷魚に、わかったわかったと宥めるようにまた笑う。

「それにしても…先生も“俺”なんて言うんですね」

笑いながら宥められた事に納得がいかない様子だったが、ふと思い出して聞いた。
カンタループで一度だけ聞こえた“俺”という一人称について。

「何?言っていたか…?それは、その、つまり」

自覚がなかったらしく、指摘された事に驚くばかりの氷室を横目に氷魚は言葉を続けた。

「なんだか感激しました。あの時は取り乱していたから気付かなかったけど…。先生も無意識だったって事は、それだけ私の事思ってくれていたって事ですよね?」

今度は氷魚が笑う番。

これからこうして笑いあっていける。
二人の時間は無限に広がっているのだから。

「さて、そろそろ…」

「えぇっ〜?もう少し先生といたいです!どうせ明日は…って言っても今日ですけど…日曜日ですよ?」

今度は思う存分、駄々を捏ねてもいい。
我儘を言ってもいい。
ちょっとぐらい困らせても…もう二人は恋人同士なのだから。
それは、氷魚の特権になったのだ。

「そうだな。日曜だ」

「ね?先生。だから…」

立ち上がった氷室を見上げて懇願する氷魚。

そんな彼女に向かって問う。

「こんな時間まで付き合わせてしまって申し訳なかった。家の方々にも連絡していないのだろう?」

「いいえ。家を出てくる時に、一応それとなく伝えてきました」

「驚いたな。随分先を読んだ行動だ、それは」

「えぇ、まぁ…なんだかそうなる気がしたんです」

それを聞いて氷室は満足げに目を細め、笑った。

「大変結構だ。では行こうか」

氷魚の手を引き、立ち上がらせる。
















「帰ろう。俺の部屋へ」
















向かうは、ここから見えるあのマンション。

あの部屋で、朝日が昇る瞬間を氷魚と一緒に眺めるこの日を夢見ていたから。

そんな夢を何度もを見たと、手を引きながら言った。

氷魚は頷き、私もです。と隣に並ぶ。

「急ごう。早くしないと朝日が顔を出してしまう」

こうして二人は駆け足で浜辺を去って行った。
繋いだ手はそのままに。

To be continued*

中書き
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お疲れ様です!ココまで長かったですねぇ…
すいません(汗)もうすぐ終わります。
ホントもうすぐです。なんせ、後2ページぐらいですからヘ(゚∀゚ヘ)

だったら中書きなんか書くなよ!という声が聞こえてきそうですが…その辺は華麗にスルーするとして。

一気に最後まで行ってしまおうかとも思ったのですよ、実際。でも、時間の設定が違うもんで。敢えて中断しました。
もし一気に読んで下さる方がいたとしたら、なんか訳が解らなくなってしまいそうなので。
えぇ、作者の文才が無いための なけなしの作戦 ですよ!何かっ?←キレんな

(後半と言っていいのかさえも解らない)後半のお話は、ようは後日談みたいなもんです。
ちょっとココまで、切ない流れになってしまった所もありましたから、楽しく終われるような続きです。

それでは、続きをどうぞvv

・あれからの二人
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「零一さ〜ん!?どこですか〜?」

広いリビングで響く声。
それは、あれから数年後の氷魚の声だ。

「どうした!?何か問題か?」

慌てた様子でリビングへ顔を出したのは、数年後の氷室。

「フフフ。そんなに慌てなくても大丈夫ですよ」

「そうか、それならば良かった。てっきり一大事かと…」

今ではすっかり下の名前で呼ばれる事にも慣れた。
しかし、どうしてもまだ慣れない事が一つ。

「いえ、一大事です!」

「なんだ?言ってみなさい」

「今、赤ちゃんがお腹を蹴りました!」

「本当か!?やはり私と君の子だ。成長がすこぶる著しい!エクセレントだ!」

期末テストの問題を作成途中だという事も忘れ、喜びに浸る氷室。
だが、テストより何より大事な問題が。

「さぁ、零一さん?呼んでもらいますよ?」

大きくなったお腹を擦りながら、氷魚はまっすぐ氷室を見つめる。
有無を言わせぬその態度は、自然と身に付いた。
元教師で現在の夫、氷室から学んだのだ。

「……ウム…仕方ない。そういった約束だったからな」

「仕方ないじゃないですよ。私達、一体どれぐらい一緒に生活してると思ってるんですか?」

「確かにそうなんだが、どうも…いや、頭では理解している。しかし…慣れそうにないというか…」

歯切れの悪い物言いに業を煮やして、氷魚がピシャリと言い放つ。

「どうしても呼んで下さらないと困ります!この子が産まれて、私の事を“君”だとか“焔”だなんて言ったら、私泣きますよ?」

「それはいくらなんでも…」

「絶対なんて言い切れますか!?絶対なんて言葉はありえないんじゃないんですか?」

下の名前で呼ばれる事には慣れた。
だが、どうしても“氷魚”と呼ぶには抵抗があるらしい。
目下の問題はそれだ。
約束では、赤ちゃんがお腹を蹴ったら呼ぶ、という事になっていた。

「一度呼べば慣れるもんです。さ、どうぞ」

「…お」

蚊の泣くような声で言ってみる。

「聞こえないです〜」

やはりそれでは納得がいかないようだ。
仕方なく、案を出してみる。

「せめて、呼ぶに相応しい状況が来るまで待ってくれないか?」

「状況…?じゃあ、今からその状況を作り出しますから、それで呼んで下さい」

そう言って、クルッと背を向け、キッチンへ向かう。
何を?と思った瞬間何かにつまづいてよろける氷魚の姿が見えた。

危ないっ!!」

急いで駆け寄り、倒れる寸前で氷魚の体を支える。

「っ!…大丈夫か?」

「もう…ダメじゃないですか」

一瞬意味が解らず呆けていると、続けて氷魚が言った。

「今がその状況だったんですけど」

つまり、わざとつまづいたというらしい。

「まったく君は…無事だから良かったものの、万一怪我でもしていたら…」

「大丈夫ですよ。零一さんが必ず支えてくれるって信じてましたから」

「もう君一人の体ではないのだから、少しは気を付けてもらわないと困る」

深くため息をついて氷魚を立ち上がらせ、軽く額を小突いた。

「はぁい」

ごめんなさいと首をもたげ反省した様だった。
だが、反論はまた始まる。

「名前さえ呼んでくれれば、もうこんな事しません」

「それとこれとは話は別だろう」

「でも…!」

「でも、ではない」

今度は氷魚が睨まれる方。
おいたが過ぎたようだ。

「私は、君の身を案ずる事しか出来ないのだ。だから、心配をかけてもらって大いに構わない。しかし、寿命が縮まるような心配事だけは起こさないでくれ」

本当に辛そうな目をした氷室を目の前にして、氷魚も今度は心から反省した。
もうこんな顔をされるのは嫌だから。

「わかってくれたようだな。流石は氷室学級元エースだ」

「エヘヘ。これからは“氷室一家のエース”と呼んで下さいっ」

「こら、調子に乗るんじゃない。…だがまぁ、一家というのも…なかなかいい響きだな」

「えぇ…そうですね」

まだ見ぬ子供と3人でこんな風に笑いあっていける家族。
最近、こんな夢を二人はよく見る。

「零一さんと一緒になれて幸せです、私」

「私もだ。コホン!ありがとう、氷魚…」

「…やっと呼んでくれましたね」

本当はずっとそう呼んでいた。
心の中で。

“はっきり言葉にしなければ、相手には伝わらない”

数年前に氷魚がバス停で感じ取ったこの言葉は、恐らくこの家族の家訓となるだろう。

互いの気持ちも然り
名前を呼ぶのも然り
そして
心配をかけた時の反省も然り

声に出すのは勇気がいるけれど、互いを想いやるからこそ、言葉は必要になってくるのだから。

「あっ、また蹴った…」

二人の子は、もう伝える事を知っているみたいだ。
その証拠に、体全体で喜びを表現している。

「この子はきっと、零一さん似ですよ」

fin*

あとがき
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ホントに後書きです(笑)
これで本当に終わりです(爆)

え〜、まず。
焔様、長々とお待たせしてすいませんでした!!!
そして、海がメインじゃなくてすいません!!
それから、文才無くてすいません!!
とにかく色々すいません(爆)

今回、焔様の素敵サイト様が4万HIT達成されたという事で、勝手に(押し付けがましく)この話を書き始めたんですよね。
かれこれ何ヶ月前の話なんだ!?と、言ってやって下さい!!投石して下さい!!いや、ホント。
その間に、2周年達成もされたので…「4万HIT&2周年記念」と称しましょうか?←もう勝手にしろ

確か日記にも書きましたが、今回の先生はヘタレてません!!言い切ります!…てか、言い切りたいです。

今までの先生はね…もう…なんかヘタレたなすびよりヘタレてましたから(解る人だけ笑ってやって下され)
アフォな先生の方が良かったかなぁ…なんて、今更後悔してたりもするんですが(笑)でも、敢えてSっ気のある先生で勝負!!←Sっ気?無いよね?


この先GS2のネタバレ注意。
でも、ネタバレでも無いような気もする。どこからがそうなのか判断出来なくなってきたorz

なので、ココからは自己責任でお願いしますvv
ちょっとでも知りたくない方は、次ページまで飛んで下さい。


節の「それからの二人」の最後

二人は駆け足で浜辺を去って行った。
繋いだ手はそのままに。

って所のイメージは、セカキスOPの瑛が主人公ちゃんの手を引いて走る場面です(爆)
時間帯は違うけどね。昼間と明け方で。
向かう先も違うけどね。灯台とマンションで。
言っちゃえば、人も違うけどね!←落ち着け

最後の方にチラッと格さんも出してみようかなぁ…なんて、暴走染みた考えもありましたが、やむなくカット。
だって、収集つかなくなりそうだったし。ねぇ?


と、ココまでがネタバレ?
これネタバレじゃないよなぁ(失笑)

まだまだ続くよ☆→(ウザ)
それから、ファジー・ネーブル。
焔様のプロフィールをこそっと拝見したところ、お好きな様でしたので文中に入れてみましたvv
意外に、流れのキーポイントになってしまって、あらビックリです。
ちなみに「ステア」とは、かき混ぜるという意味です。バーなので、ちょっとかっこ良く書きたかっただけです。はい。

節名は、なんとなくで決めました。
「なんで駆け引きゲームなの?」
とかっていうツッコミはやめて下さい。答えられません!気分で決めたからvv

とまぁ、後書きにも関わらず長々書いてしまいました。

ここまでお付き合いありがとうございました。
感謝☆
では、次の作品でお会いしましょう。

…いつになるか解りませんけど(ボソ)


やっと自サに飾れましたっ!
てか、ジブン本当に小説の氷魚が羨ましいです。
妊娠って妊娠……キャア!←黙れバカ

名前は我が儘、言っちゃいましてジブンの名前にしてもらい更に萌率アップですよ♪
本当に素敵小説をありがとうございました!


そんな素敵小説を執筆される大阪サマのサイトは此方っ!
。・*:゜☆,・*゜☆
Violet Machine
ときメモGSで色々なキャラの小説が置いてあるサイトサマです♪