「王子は、必ず迎えにくるから…約束。」

迎えにって、いつ来るの?わたし…わからないよ…

遠い国にいっちゃった、わたしのお友達と最後にお別れを言った日からわたしは毎日、来ていたんだ。
学校の中にあるステンドグラスが綺麗な教会。本当は入っちゃいけない場所なんだけど、“あの子”が居たから遊びに来てたんだ。
“あの子”はいつも外国の絵本〜おじいちゃんから貰ったっていってた絵本を持って、わたしを待っていてくれたんだ。
わたしって泣き虫だから、すぐに泣いちゃうんだけど、そうするとあやすように絵本を読んでくれたんだ。
お姫様と王子様の素敵な物語。
意地悪な王様のせいで好き同士なのに離れ離れにされちゃう王子様とお姫様…
結局、二人はまた会えたのかな?
いつも、“あの子”は途中で“続きは、また今度”って絵本を閉じちゃうから…
続き、知りたかったなぁ…王子様とお姫様、幸せになったのかな?
わたしは遠くの“あの子”を思い出しながら教会のキラキラ虹色に輝くステンドグラスを見つめていた。

そうしてると“あの子”が絵本を持って今にでも来てくれそうで…
あ、ダメだな。わたし。また涙が出て来ちゃったよ…
泣きそうになると心配そうに“あの子”が頭を撫でながら言ってくれたんだっけ。
「ほら、泣くな。とっておきの話、読んでやるから。」

一人ぼっちの教会の中でわたしは更に心細くなっちゃってうずくまって泣き出した。

「必ず迎えにくるから…約束。」

「うん、約束だからね?絶対だよっ!」

指切りげんまんした指を見て更に涙が溢れる。
「会いたい…会いたいよ…ねぇ、泣くなっていつもみたいに頭、撫でてよ…」

その時、教会の扉が重たい音を軋ませながら開いたんだ。

「珪…くん?」

期待を込めて“あの子”の名前を呼んでみた。
でも光の中のシルエットは珪くんより背が高い。
大人の人だ!!
(違うっ!珪くんじゃない!)
入っちゃいけない場所に入っている事に気付いて途端にわたしは逃げだそうと身構えた。
けど、足は地面に根が生えたみたいに言う事をきいてくれなかったんだ。

「君は誰だ。何故、ここにいる?ここは立ち入り禁止の筈だ。」
よく通る声が冷たくわたしに問いかける。わたしは怖くなってギュッと目を瞑って下を向いた。

「質問に答えなさい。」
「おいおい。零一。その子、怯えてるじゃないか?」あーあ、ほら、泣かせちゃった」
ただでも涙腺が弱まっていたわたしはボロボロ涙をこぼしてたんだ。怖さと心細さに耐えられなくてワンワン泣き出した。
「こ、こら。泣くのはやめなさいっ!益田っ、こういう時にはどう対処すれば良いんだ?」
「そうだな…。小さい子には高い高いでもしてやったらどうだ?」
「それはどうするんだ?」
「抱き上げて上に上げたり下げたり…ほら、家庭科の教科書に育児で載っていただろ?」
「ああ…あの図解入りで説明されていたものか。…失敬。」
そう言うとわたしの体を抱き上げて高い高いをし始めたんだ。
「ほら、零一くん。ちゃんとたか〜いたか〜いって言わなきゃダメだよ?」
「くっ…。たかーい。たかーい。」
顔を真っ赤にして、わたしに高い高いをしてくれてる人は半分自棄になったみたいに“たかーい、たかーい。”と叫ぶように繰り返した。
わたしは思わず笑い出しちゃった。
だって、この人が一生懸命にわたしを泣き止ませようとしていてくれてるのが分かったから。
この人はわたしに酷い事はしないって。
わたしが笑い出すのを見ると、その人はホッとした表情でわたしを下ろしてくれた。
「いや〜零一くん。良いパパになれるよ?」
明るい栗色の髪をした人が“零一くん”と呼ばれる人に笑いながら言った。
「なにが“良いパパだ。”おまえの方が子供の相手に慣れているだろう?」
「泣かせたのは…おまえだろ?」
「む…それはそうだが…」
「じゃ、泣かせたヤツが責任持って泣き止ます!オーケイ?」
「全く。おまえに口ではかなわないな。」
ふてくされた様に視線を逸らす“零一”と呼ばれた人は私に向き直って尋ねた。
「で、君は一体ここで何をしてるんだ?ここは、私立はばたき学園敷地内にある教会だ。部外者の君が立ち入って良い場所ではない。」
また、わたしが泣くのを気にしたのか、その人は声のトーンを和らげながらゆっくりと問いかけてくれた。
「人を待ってたの…」
「人?君の姉か兄なのか?何年何組だ?すぐに呼んでこよう。」

「違う、違うの。珪くんはわたしと同じくらいの男の子で、わたしたち、よく、ここで会っていたの。」

「おおっ!こんな小さい頃から逢い引きか〜最近の子供はやるなぁ〜」

「益田っ!」
からかい口調で口笛まで慣らす人にその人はきつく睨みつける。

「で、その友人とやらはもうすぐ来るのか?」

「ううん…もう来ないの。遠い国にいっちゃったから…」

「遠い国?では、待っても意味がないのではないのか?」

「やっぱり…意味ないのかな…でも、ここに来ると会えそうな気がして…。」

「…聞きなさい。確かに人には思い出も必要かも知れない。しかし、思い出に捕らわれてるばかりでは駄目だ。君にはまだ、これからがあるんだ。前を見つめなさい。」
そう言いながら、その人は良い匂いのするハンカチでわたしの涙を拭いてくれた。

言葉は冷たいカンジなんだけど声には温かさを感じて、わたしは心地よかった。

「おっ?零一。良いことをいうな?でも、オッサン臭いな?それ。」
「うるさいぞ!益田っ!」

背がスッゴく高くて耳まで顔を真っ赤にして怒る人とからかう人のやり取りが面白くって、わたしはクスクス笑った。
そんな私を見て二人は苦笑を浮かべた。

「じゃ、零一くん。後は頼んだ!」
「は?」
「今から店の手伝いしなきゃならないからなっ!じゃあな!」
逃げるように教会から出ていった人をわたしは呆然と見つめた。
「全く…。で、君はこれからどうするつもりなんだ?」
「どうって…?」
「待っても来ない相手を待つことなど無駄以外の他ならない。早々に帰宅する事を勧めるが。」
「無駄なんかじゃないもん…。」
「全く。保証の無い約束など残された者の身としては迷惑この上ないな。君はいつまでも過去に捕らわれていくつもりなのか?」
「………。」
「…約束とは守られる事を前提に交わされるものだ。」
「絶対に迎えに来てくれるって…言ったんだもん!」
わたしはその人を置いて教会から走り出して行った。

「また…きちゃった。」
翌日、やっぱり、わたしはここに来ていた。
キラキラ輝くステンドグラスが反射する教会の中は虹の中にいるみたいで夢の様な世界なんだ。

「また、来ていたのか?」
低い声音で問いかけられ、わたしは思わず身を竦める。
「そう、構えるな。もう、君を注意するつもりはないから安心して欲しい。」
ゆっくりと近付いてくる人は困った様な顔をしながら言ってわたしに頭を下げたんだ。
「昨日は少し、言い過ぎたかも知れない。済まなかった。」
いきなり謝られてキョトンとした顔のわたしに更にその人は続けた。
「俺には、その…君の云う感情が理解出来ないんだ。恋愛感情というもの自体が。で、もし君を傷つけたのならば本当に済まない。俺が君に言いたかったのはそれだけだ。」
そう言うと“失敬”って言って教会から出ていこうと後ろを向いたんだ。
わたし…どうしてなのか分からないんだけど、その人の服の裾を思わず掴んでたんだ。
「どうした?俺にまだ何か用なのか?」
わたしは黙ったまま、ただ服の裾を掴んでいた。
「黙ったままでは分からないだろう?」
「一緒にもう少し、いてもらいたいの…」
「は?」
「一人は寂しいからっ!お願いっ!」
更に濃紺の服の裾をギュッと震える手で掴む。
「全く…。では少しだけだ。俺も多忙な身だからな。」
溜息を深く一つつくと、その人は苦笑を浮かべつつ、その場にいてくれた。
薄い紫色がかった髪に白い肌。で私のお父さんよりスッゴく背が高くって。
わたしは黙って見つめていた。
「どうした?人の顔をジロジロと見て?」
「あっ、綺麗だなって思ったの。」
「綺麗?」
「うん。スッゴく綺麗だよ?お兄ちゃんの顔!」
「お兄ちゃん?」
「あれ、ダメだったかな?じゃあ、“零一”?」
「こら、目上の人間を呼び捨てにするものではない。コホン。呼ばれなれていないだけだ。確かに君が俺を呼ぶ二人称としてはそれが一番、適切なのかも知れないな。」
困った様に顔を赤らめて頷く人にわたしはもう一度、めいっぱいの笑顔で言ったんだ。
「じゃあ、これからお兄ちゃんって呼ぶね?」
「好きにしなさい…」
眼鏡のレンズ越しに深い緑色の瞳は確かに笑っていたんだ。

それから、わたしは“お兄ちゃん”に会いに教会に行ったんだ。
「ほら、余り駆けると転んで怪我をするぞ?」
「大丈夫だよっ!」

わたしたちは色んなお話しをしたんだ。
“お兄ちゃん”には学校の先生になる夢があって、それを目指して頑張っているんだって。
「どうだろう?俺は良い教師になれそうだろうか?」
「うん、お兄ちゃんなら絶対に立派な“教師”になれるよ!わたし、お兄ちゃんが先生になったら絶対に教えてもらうからっ!」
「フフッ…。ありがとう。では、君が俺の生徒になったら立派な生徒となるようビシビシと教えてやるとしよう。覚悟していなさい。」
「ビシビシはいらないっ!」
わたしたちは顔を見合わせ笑った。最近、“お兄ちゃん”は笑顔をたまに見せてくれる様になったんだ。スッゴく優しい顔なんだ。
「で、君には将来の夢…その大人になったら何になりたいとか希望はあるのか?」
「えっと…お嫁さん!」
「お嫁さん?」
「うん!この前、親戚のお姉ちゃんが結婚したの。でね、スッゴく綺麗だったの!」
「君の話を要約すると…君はただ綺麗なドレスを着たいだけなのか?」
「違うよ!その時のね、お姉ちゃん、スッゴく幸せそうだったんだよ?お嫁さんさんになるって幸せな事なんだよね?」
「幸せかどうかは第三者である俺には分からないな。」
「好きな人と一緒にいつまでもいられたら絶対に幸せなんだよ?」
「それはそうかも知れないな。」
「ね、お兄ちゃん。わたし夢決まった!」
「将来の目標を定める事は実に結構な事だ。言ってみなさい。」
「わたしね、お兄ちゃんのお嫁さんになるっ!」
「は?」
“お兄ちゃん”がフリーズするのも構わず私はそう言って抱きついたんだ。
だって、“結婚”したら大好きな“お兄ちゃん”といつまでも一緒なんだよね?

本当はスッゴく優しいお兄ちゃんがわたし、大好きなんだよ。
そんなわたしを苦笑を浮かべつつ身体を離させて“お兄ちゃん”は答えた。

「無理だ。君の夢は実現しない。」
「実現?」
「その…夢が叶わないという事だ。」
「叶わないの?」
「ああ。」
突き放すような冷たい声。眼鏡のレンズ越しの瞳に笑顔はない…
わたしは、“お兄ちゃん”から離れて教会から走り去った。

それから何日か過ぎたんだ。
わたしは部屋で弟と遊んでたけど別の事を考えてた。
教会で会った背の高い“お兄ちゃん”の事。
「嫌われちゃったかな。」
わたしを見つめるあの時の“お兄ちゃん”の目、思い出したくもないよ…
「あばぶ〜だぁだぁ〜」
泣きそうになっていたわたしに弟が心配そうに見つめてきた。
「ありがとう。尽。」
わたしは弟を抱きしめて呟いた。





〜〜
「今日も居ないようだな?」
(全く、俺はどうかしている。偶然出会った子供の事など、どうでもいいではないか。
それに子供の言うことだ。真に受ける必要も無かった筈だ。
しかし、何故…彼女が最後に見せた顔が脳裏から離れないんだ。)

ギィーと扉を閉めて彼は教会から歩き去って行った。





「え?引っ越すの?」
わたしは突然、そう言われて驚いて聞き返したんだ。
お父さんの仕事の関係で急に決まっちゃった事なんだって。
「引っ越しは三日後よ。準備もあるから、明日からは家にいること。分かったわね?」
「うん。」
わたしは重い足取りで自分の部屋に向かったんだ。
「お兄ちゃんとも、もう会えなくなるのかな?そんなのイヤだっ!」
わたしは家から飛び出してあの教会に向かった。
ハァハァと息を切らせながら辿り着いた頃には辺りは暗くなりかけていた。
門は閉まっていて人気がなく静かだった。
わたしは珪くんに教えて貰った秘密の入り口に向かった。
そこから中に入れるから。
(お兄ちゃんはいるかな!)
わたしは祈る様な気持ちで壊れたフェンスの裂け目から中に入った。
やっぱり中も人が居なくて静かだった。
目指すは、あの教会。暗くなって心細くて怖くって泣きたくなるのを我慢してわたしは教会の扉を開ける。
昼間と違って静かな教会は更に静かでステンドグラスもキラキラ輝いていなかった。
“お兄ちゃん”はいない…
「お兄ちゃん…」
わたしはその場にうずくまってしゃくりあげた。
“お兄ちゃん”に対する溢れるような想いと一緒に涙が溢れてくる。
「会いたいよ…お兄ちゃん…。」
わたし、引っ越しちゃうんだよ?
もう会えなくなるんだよ?
お別れきちんとしたいよ…

「やはり、君か?」
突然、教会の扉が開いて息を切らした“お兄ちゃん”が現れたんだ。
涙で霞んだ、わたしの視界には“お兄ちゃん”の困った様な怒った様な複雑な顔が見えたんだ。
「幼児が侵入していると警備員が騒いでいたが、やはり君だったのか。」
“お兄ちゃん”はそう言って乱れた息を整える様に息を大きく吸い込んだ。額に汗が光っていて走ってきたみたいだった。
「ほら、警備員には俺の身内だと説明するから行くぞ?」
近付いて手を差し伸べる“お兄ちゃん”はわたしの顔を見て呟いた。
「…泣いていたのか?」
こくりと頷くわたしの頬にハンカチを当ててくれる。ぎこちないけど優しい大きな手…
「あのね、わたし、もう…お兄ちゃんに会えなくなるの」
その言葉を口にした途端に更にわたしの頬を大粒の涙が伝った。
“お兄ちゃん”は少し驚いたみたいだった。
「それは、どういう事なんだ?」
「えっと…わたしね、お引っ越しするの。でね、どうしてもね、お兄ちゃんに会いたかったの…」
泣くのをやめようとしたいけど更に涙が溢れてくる。“離れたくないよ!”ってわたしの想いに呼応するみたいに。
「そうか。」
“お兄ちゃん”は寂しそうに少し笑うと、わたしの頭を撫でながら言ってくれたんだ。
「では、進路志望…コホン、大きくなって高校を選択…選ぶ際にこの学園、“はばたき学園”を選びなさい。俺は…必ず、ここの教師となり、君を待っているから。
…そうすればだ、毎日、会うことが出来るだろう?」
優しいけど力強い大きな手がわたしの頭を撫でてくれる。
「うん!必ず、“はばたき学園”で高校生になるからっ!で、お兄ちゃんといつでも一緒だからね!」
わたしは“お兄ちゃん”をじっと見つめて言ったんだ。
必ず、お兄ちゃんとまた会うって…
「ああ、俺は約束を違える事は決してしない。だから君も、必ずこの学園に入学するんだ。約束だ。」

教会で絡められた小指と小指
必ず、また会おう。
“お兄ちゃん”はそう笑って、わたしを家まで送ってくれた。
帰り道に繋いでくれた手の温もり、キラキラ輝いていた、お空のお星様。
引っ越して新しい生活が始まったわたしは…“お兄ちゃん”の事も“教会の約束”も忘れていったんだ…
ただ、“はばたき学園”に入らなきゃいけない事だけは覚えてたみたいだけど…

「うん。小さい頃から念願だった、はばたき学園の制服だっ!」
超エリート校と呼ばれるはばたき学園に無事に合格を果たした、わたしは入学式を明日に控えてウキウキ気分で制服に袖を通してみたんだ。
姿見に全身を映してみてクルリとターン!
うん、なかなか似合ってる!
会心の笑みで鏡の中の自分を見ているとノックもしないで入ってきた弟が冷たい視線を向けながら夕食を告げた。
「全く、ねえちゃん高校生になって迄ファッションショーごっこなんかするなよな?」
「少し、はしゃいでいただけじゃない…」
お父さん達の前で言われて、わたしはバツが悪そうに首を竦めてご飯を口に運ぶ。
「そういえば…はばたき学園といえば…おまえを送ってくれた学生さんもそこの制服着ていたっけかな。」
「送ってくれた?いつの話なの?」
突然のお父さんの話に、わたしは首を傾げ尋ねた。
「ああ、おまえが小さな頃に家まで送ってくれた優しい学生さんが居たんだよ。名前は…昔だから忘れたな。」
「そうそう。お兄ちゃん行かないでって困らせていたわね。」
「ふーん。じゃあ、ねえちゃんはソイツに合わせて、はば学選んだのか〜意外な動機だったんだな?」
「ちょっと!尽っ!勝手な事言わないでよっ!わたし、そんな事があった事なんて覚えてないしっ!」
思わず、からわれて弟を怒鳴りつけた後にわたしは気付いた…
うん…確かに志望動機って言われても…小さい頃から夢見ていましただからね…一応、面接の時にはそれなりな答え方しておいたけどさ…
なんで、わたし、わざわざ遠い所を選んで頑張ったりしたんだろうな…
でも、わたしの中の誰かが言うんだ。
必ず…はばたき学園に入るようにって。
約束だから…
「約束?」
頭に浮かんだフレーズを思わず繰り返す。約束?誰と?
お父さん達が言っていた、その送ってくれた人と?
でも、その時、高校生だったその人は既に卒業しているんじゃない?
「ねえちゃん、なにボーっとしてるんだよ?」
そう言いながら、わたしの分のエビフライをかすめ取る弟に気付いて、怒鳴った。
「尽っ!返しなさいっ!」
「まったく、ねえちゃんは色気より食い気だよな?」
パクっと一口でエビフライを食べた弟はサッサとダイニングから出ていった。
「こらぁ!尽!食べ物の恨みは怖いんだからねっ!」

入学式が終わって、わたしは緊張状態を解きほぐす様に大きく息を吸い込んだ。
桜の香りが胸をすく。
「うん。ここがわたしの教室だね。」
机に座って外に視線を向けてると騒がしかった教室内が段々と静まり返る。
コツコツと廊下を靴音響かせて通る音。
小耳に挟んだんだけど、わたしの担任になる先生ってスッゴく怖いらしいんだ。
なんかね、教会の地下で製造されたアンドロイドとかって…
はばたき学園はエスカレーター式らしくて中等部から上がってきた子達が教えてくれたんだ。
でも…中等部に迄、名を轟かす程、怖い先生って一体…
わたしは更に緊張してきて手に汗を握った。
ガラッと扉が開いて現れた姿は…
体育会系の筋肉質な先生でもなく中年の怖そうな先生でもなく…インテリ系の意地悪そうな女性教師でもなかったんだ。

シルバーフレームの眼鏡に色素の薄い紫がかった髪色をした背の高い一般的に言っても綺麗な男性がそこに居たんだ。
カシャッ、カシャッっと、わたしの頭で失われたピースが繋がる。
「お兄ちゃん?」
呟いた、わたしは確かに目が合った。でも“お兄ちゃん”はわたしに気付かずに教壇に立ち出席をとる。
「そうか…わたし、約束してたんだ。こんな大切な約束を忘れてるなんて…。」
堰を切った様に涙が頬を伝った。気付かれないように顔を俯かせると涙は落ちて机にポツポツと丸い模様を作っていった。
「また、泣いているのか?君は。」
いつの間にか“お兄ちゃん”が前に立っていた。
「お兄ちゃん?」
掠れたように呟くわたしに小さな声で
「“お兄ちゃん”ではなく氷室先生と呼ぶように。しかし、よくやったな。」
微かに笑いかけてから“お兄ちゃん”は教壇に戻っていったんだ。
「うん、忘れていたけど忘れていなかったから…」
わたしは小さく呟いて笑い返した。



約束はね、守る為にあるんだよ?
ね?お兄ちゃん。




「全く。よく覚えていたな?」
教会の前で氷室先生は笑って言った。
「でも、お兄ちゃんの事は会うまで忘れてたんだ…。」
素直に白状するわたしに氷室先生は苦笑を浮かべながら言ってくれた。
「でも、またここで会おうと誓った約束は違わなかっただろう?違うか?」
「うん!絶対にここに入学するって頑張ったから!」
「そうか。俺はまた君に会ってから伝えたい事があったんだ。」

「言いたかった事?」
氷室先生は少し困った様な顔をして顔を赤らめて答えた。
「その…君が小さな頃に夢を教えてくれただろう?その夢の実現についての話だ。」
「え?わたしの夢はお兄ちゃんの生徒になることだから、もう叶ってるよ?」
「…………。全く。忘れたのか。俺はあの時からその実現の可能性について検討を重ねていたというのに…。」
ふてくされた様に顔を真っ赤にしながら溜息をつく氷室先生に慌てて、わたしは問い掛けた。
「大切な約束なの?忘れてごめんなさい。」
大きな手のひらがわたしの頭を包み込んで撫でる。あの頃と変わらない温かい手…
「いや、謝らなくともよろしい。ただ、実現しない事もないとだけ言っておこう。以上だ。」
「えっ?実現ってなんなの?教えてよっ!お兄ちゃんっ!」
「“氷室先生”と呼びなさい。」
「…じゃあ氷室先生、教えて下さいっ!」
わたしは懸命な視線を向け問いかける。そんな、わたしを面白がる様に氷室先生は片笑みを浮かべ
「秘密だ。俺も数年間、悩んだんだ。君も少しは悩むといい。ほら、帰るぞ?自宅まで送っていこう。明日から覚悟しておきなさい。氷室学級の生徒となったからにはな。」

不敵な笑みを浮かべる氷室先生を見たら少し不安を感じたけど…
「はい!頑張って学年トップを目指します!」
「よろしい。良い心構えだ。」
わたしたちのこれからが始まる…


END



はい!無謀過ぎるトリップ小説は如何でしたでしょうか?
王子をセンセに変えてみました(笑)
トリップだから何気に主人公の親を出してみたりセンセは俺と一人称(笑)
主人公も口調が違いますね(汗)
でかなりの長編となりましたが…ここまで読んでくださりありがとうございますっ!
では次はメインで会える事を願い←書けよ本当に
失敬っ!