「あ、あそこに居るの一(はじめ)君じゃないかな?」
季節は初夏。木々の若葉の瑞々しい緑と真っ青な空のコントラストが美しい季節の昼下がり。
買い物帰りに立ち寄った親子連れで賑やかな臨海公園に見慣れた姿を見つけて立夏は思わず弾んだ声を上げた。
隣で荷物係を自ら立候補した格も嬉しそうに頷く。
一が居るということは、その親である澪、または彼の敬愛する従兄が居るだろうと。
二人は足早に一に近付き同時に声をかける。
一は地面にしゃがみこんで何かを一生懸命に探しているみたいだった。
「どうしたの?一くん。なにか探し物かな?」
立夏もしゃがみこんで一に声をかける。
「みつからないの」
真剣な表情で一は立夏を見つめた。
「なにか大切なものなのかい?あ、兄さん……コホン、君のお父さんは?」
一の傍に在るべき人物の姿がない事に気付いた格は一に問いかける。
「パパはおうち。僕、ひとりで来たの。えらい?」
少し誇らしげに胸を張る幼児に格は溜息をついた。
(今頃、兄さん達、血相を変えて探しているだろうなぁ。こう、行動力がある面は澪さん譲りなんだな)
「お父さん達に黙ってきたのなら早く帰らないといけないよ。送っていくから帰ろう」
「まだ、見つかってないから」
差し出す格の手に首を嫌々と振り拒む一に今度は立夏が尋ねる。
「ねえ、一くんは、いったいなにを探しているの?」
「えっとねえ、この葉っぱのね、4枚ある葉っぱ」
といいながら一は手にクローバーを握りしめて立夏に見せた。
「4つ葉のクローバーを探しているんだね」
なるほどと立夏は頷く。
「ママがね、好きなの。で今日、ママの生まれた日だから探してプレゼントしようと思ったの」
嬉しそうに身振り手振りで説明する一。まるで世紀の一大イベントを始めるよ!みたいなはしゃぎように格も立夏もつられて笑みを浮かべた。
「よし。事情はわかったよ。僕達も君のお母さんのプレゼント探しを手伝うとしよう。大船に乗った気持ちでいたまえ!」
自らの胸を拳で軽く叩いて一に笑いかける格と笑顔で頷く立夏。
二人の協力の申し出に一は子犬のように無邪気にぴょんぴょんと跳ねて喜んだ。


「では。只今より一君のプレゼント作戦を遂行する。目的は四つ葉のクローバーの発見だ。以上」
格の宣言に手をパチパチと二人は叩いて志気を高め、三人はそれぞれ範囲を決めて探すことにした。
(先ずは兄さん達を安心させてやらなきゃな。きっと、もの凄く心配しているはずだ)

氷室達を安心させようと先に格は氷室宅に連絡を入れ一の安否を知らせる事にした。
(兄さん探し回っているかもしれないからな。多分、携帯電話の方がいいだろう)
「氷室です」
1コールで直ぐに電話はとられた。声音から受話器越しにでも氷室の狼狽した様子がはっきりと見えるようだった。
「零一兄さん、格です」
「格か?どうかしたのか?」
「はい。兄さんが今、探している一君の……」
「一が?どうかしたのか?」
格が言い終わらない内に氷室がもの凄い剣幕で聞き返す。普段の氷室から想像も出来ない大声で。
「兄さん、落ち着いて下さい。一君は無事ですから」
「そ、そうか」
思わず安堵の余りにへたり込んだ氷室の姿が見えるようで格は思わず苦笑を浮かべる。
「で、今、僕と立夏君と臨海公園に居るということを報告させて頂きます」
「そうか、君達と一緒なら安心だ。しかし、一は何故、一人で臨海公園に?」
大分落ち着きを取り戻した氷室は格に問いかける。
「澪さんには内緒にしておいて下さい。実は……」
「そうか。今日は澪の誕生日だったな。しかし、その誕生日に澪を心配させるのは感心できないな」
「兄さん達を心配させたのはいけない事だと思います。
けれど、これは一君が一君なりに澪さんを想って一生懸命考えたプレゼント大作戦だと僕は思います。
だから、あまり叱らないであげてください」
格のフォローに氷室は声音を和らげてわかったと応えた。
「では、澪に一の安否を知らせるので一旦失礼する。失敬」
格は携帯電話をパチンと閉じてポケットに入れクローバー探しに取りかかり始めた。


初夏の日差しが心地いい。
「なかなか見つからないな」
一時間が過ぎた頃、額に汗を滲ませた格は少し休憩と腰を下ろして足を伸ばす。
「格君、見つかった?」
一の手を引いて駆け寄ってきた立夏はバサっと格の頭に何かを乗せた。
「いったいなにを乗せたんだい?花輪か」
頭に乗せられたものを反射的に手に取った格は苦笑を浮かべる。
見ると一の頭にも立派なシロツメクサで編まれた花冠がちょこんと乗っていた。
「お姉ちゃんがつくってくれたんだ。お兄ちゃんも一緒」
ねー!と仲良く頷く二人に格は立ち上がり花冠を苦笑を浮かべながら立夏の頭に乗せる。
「僕より君の方が似合うよ。アンドロメダ姫」
「格くん……」

突然、背後からコホンと咳払いがし三人同時で振り返り……
「あっ!パパっ!」
弾んだ声でテッテと駆け寄る一を抱き上げる人物。
「零一兄さん?」
「取り込み中、悪いが見つかったのか?」
氷室に見られてたことに格は顔を真っ赤にしながら否定的に首を振る。
「そうか。なかなか見つからないものだな。ところで一」
抱き上げた息子を下ろして氷室は視線を合わすようにしゃがみこんで真っ直ぐ見つめる。
「ママの誕生日にママを困らせるのはいけないことだ。一は悪いことをしたんだ。わかっているか?」
「悪いこと?僕、ママを困らせちゃったの?」
首を傾げる息子に氷室は真剣な表情で続ける。
「そうだ。一がいきなりいなくなったからママは凄く心配をしていた。泣いていたんだぞ?」
「ママ、泣いたの?僕が泣かせちゃったの?
うわーん!ごめんなさい〜!」
わんわんと泣きじゃくる一を氷室は抱きしめ、
「悪いこととわかったのならばよろしい。帰ったらママにきちんと謝るんだぞ?パパとの約束だ」
「うん、わかった〜パパ、ごめんなさい!!」
指切りしながらグスングスンと頷く息子の頭を撫でよろしいと言った後に格と立夏に一部始終を見られていた事に気付いて顔を赤らめる。
「私もクローバー捜索に加わる。で、これは差し入れだ。一の面倒をみてくれてありがとう」
と泣き止んだ一にはパックの牛乳を彼らにはよく冷えたペットボトル入りの緑茶を手渡した。
「いえ、問題ないです。兄さん。ちょうど喉が渇いていたのでありがたく頂戴します」
礼をいう格と立夏に満足そうに頷くと氷室は腕まくりをし、しゃがみこむ。手にはクローバーの生息データが記されているだろう書き込まれた手帳。
(流石、零一兄さんだな)
ペットボトルに口を付けたまま格は思わず感嘆の声を出した。


時間は瞬く間に過ぎて日も傾きかけてきた。賑わっていた公園もポツポツと人が減っていく。
「見つからないものだな」
3人は肩を落として盛大な溜息をついた。
一は泣き疲れてしまい牛乳を飲んでから氷室の上着に包まりぐっすりと眠ってしまっていた。
「クローバーって意外に見つからないんだよね。だから、幸運のお守りにされるのかも」
立夏も夕焼け空を睨みつけて溜息をつく。
「暗くなったら、お手上げだよな。一君も残念がるだろうな」
格もクタッと座り込み頭を抱える。
腕時計を睨みつけた氷室は溜め息混じりに
「もっと詳細な生息データがあればいいのだが。残念ながらタイムリミットだ。
一には私から説明をしよう。澪が手によりをかけて料理を準備している。
そろそろ帰宅をしないと身の危険性を感じ得ない。勿論、君達、二人も招待されている」
格は澪の手料理(特にボリューム)を思いだし思わず胃の辺りを手で押さえる。
(美味しいんだけど僕には量が多いんだよな……)
「どうかしたのか?」
「よ、喜んで伺わせてもらいますっ!」
氷室に尋ねられて上擦った声音で返事する格の声で一が目を覚ます。
「あ、起こしちゃったかい?」
駆け寄り一に謝ろうとした格はあるものを見つけて声を出す。
「あ〜!!あった!あったよ!!」
格が指を指す先には……少し一に下敷きにされてヨレヨレになってはいたが四つ葉のクローバーが夕日に照らされていた。
「道理で見つからないはずだな」
苦笑を浮かべる氷室に
「でも見つかって良かったよね」
と喜ぶ立夏。
「さあ、一くん、探していた四葉のクローバーだよ」
立夏に促されクローバーを摘み取った一は葉の数を数える。
「いち、にぃ、さん、よん!あ、本当に4枚の葉っぱがある!お兄ちゃん、お姉ちゃん、ありがとう!」
クローバーを手に握りしめて一はピョンピョンと一は三人の周りを子犬のように跳ね回った。
「では、目的も遂行した。帰宅をするとしよう」
一を抱き上げて氷室は苦笑を浮かべながら二人に告げる。
「はい!零一兄さん。
途中、雑貨屋シモンに寄っても構わないでしょうか?」
「ああ。問題ない。私もアナスタシアで予約をしていたケーキを引き取らなければならないしな」
「ねえ、一くん、ママが怒ったら怖いのかな?」
臨海公園の駐車場に向かう道すがらに先程の氷室の”身の危険性”発言に気になる立夏は一に尋ねる。
「うん。ものすごく。パパより怖いよ!この前ね、パパがママに……」
「こらっ!一。それは他言無用、もとい、他の人にいってはいけない!」

思わず一の口を塞ぐ氷室に聞かせて下さいよ〜と小悪魔的な微笑を浮かべる立夏に苦笑を浮かべながら頷く格。

プレゼントを手に、帰途につく彼らの頭上には一番星が見守るように輝いていた。



-END-
お疲れ様でした〜
ジブン的には一はかなり気に入っていたりします。
でセンセにパパ、ママ発言させるのをどうするかと滅茶苦茶悩んだりもしながら楽しく仕上げられました♪
では番外編、お付き合い下さり感謝です!
次こそは本編でっ!