「今日は零一さんがこの世に生を受けた特別な日だから早く帰って来て下さいね。」
純白レースのエプロン姿でニッコリと笑いながら弁当を手渡し人差し指を立て念押しする彼の妻に氷室は苦笑を浮かべながら頬にキスをし学園へと車を走らせた。
彼は最近、彼の教え子だった女子生徒と無事に結婚し、新婚生活を楽しんでいた。
特別な日とは、彼、氷室零一の誕生日の事だった。
「特別な日か…そう言えば彼女は俺がいくら“生徒からの贈答品は受け取りかねる”と拒絶しても懲りずに毎年、何らかの“誕生日プレゼント”を渡そうとしてきたな。俺は今後も彼女にかないそうにないな。」
愉しそうに笑みを浮かべながら独り呟いた。

職員用駐車場に車を滑り込ませて駐車し彼は音楽室の鍵を取りに職員室へ向かった。
日曜なので学園内に人気は無いが文化祭が近い時期、彼が顧問をする吹奏楽部は彼の命令で最後の仕上げの為に休日返上で練習に明け暮れていた。
氷室はキーボックスから音楽室の鍵を取り音楽室へ向かった。
練習開始時間から30分前に彼は入室しカーテンを開け室内の空気を入れ換える為に窓を開けた。
秋の心地良い風が彼の頬を撫で彼は微かに笑みを浮かべながら秋空を眺めた。
練習開始時間が迫ってくるとチラホラと部員達が音楽室へ入室してきたので氷室はいつも通りの厳しい教師の顔をし、部員達へ指示を出していった。
各々に音出しをさせ合わせて細かく指摘をしていく。
“完全な調和”を目指す彼に妥協は一切、有り得ないからだ。たまに彼の厳しい指導に耐えきれずに辞める者も居たりはするが、音楽系に進むのに有利な点と氷室の個人的ファン…一般的に身長が高くスラリとして顔立ちも良い彼は女子生徒の人気も高かったりする。
それは氷室が既婚の今でも変わらない。逆に優しくなったとファンが増えたくらいだ。
優しくなったというより…奥さんの事でからかう際の氷室の反応が面白いという生徒も居たが。

しかし、在籍理由がどうであれ、ベストを尽くすのが氷室から部員には課せられた。
氷室の怒号と彼らが奏でる音は昼過ぎ迄、続いた。
時計をふと見た氷室はタクトを振り上げるのを止めて彼らに休憩を告げた。

一気に緊張感から解放された生徒達はそれぞれ昼食を買いに行ったり弁当を広げ始めた。
「俺、今日はパン買いに行くんだ。」
「腹へったぁ!飯、飯っ!」
「うわぁ!奈加ちゃんの卵焼き、美味しそう!」
ワイワイキャアキャア言いながら一時の休息を楽しむ生徒達を苦笑を浮かべながら見回して氷室は昼食をとる為に音楽準備室へと歩みを向けた。
そんな氷室に気付いて一人の生徒が尋ねた。
「氷室先生は奥さんからの愛妻弁当なんですか?」
「確かにそうだが、君には関係ない事だ。」
明らかに動揺する氷室を面白がる生徒達に彼は答え音楽準備室へ入っていった。
弁当箱を開けると、中身はちらし寿司だった。
「めでたい日と言いたいんだな…君は。」
彼は苦笑を浮かべながら食事を終えた。


昼食後に練習は再開され西日が傾きかける頃、ようやく氷室が練習の終わりを告げた。
「では、寄り道をせず、速やかに帰宅をするように。今日、注意した事を肝に銘じ各々、練習を怠らないように。以上。」
彼は生徒達の帰宅を見届け音楽室の戸締まりをし職員室へ鍵を返しに行った。
「午後18時か…少々、遅くなってしまったな。」
既に星が点々と輝きだした空に視線を向け校庭を横切って駐車場へ足早に向かって行った。

帰宅した氷室は自宅に鍵がかかっているのに気付いて首を傾げた。
玄関ホールの明かりを点け彼はリビングへ向かった。
リビングのガラステーブルの上に一枚、折り畳まれたメモを見つけ彼は首を傾げ開いた。
メモには彼女の字で“病院へ行ってきます”と書かれていた。
「病院?どこか調子が悪かったのか?風邪か?それとも…。」
色々な考えが彼の頭を巡り彼が丁度、携帯を取り出し彼女に連絡を取ろうとした刹那、買い物袋を手に彼女が姿を現した。
彼女の無事な様子に安堵の表情を浮かべ彼は彼女に近付き問いかけた。
「身体は大丈夫なのか?ほら、今日は早く休みなさい。」
不安そうに見つめる彼に彼女は満面の笑みを浮かべながら顔を紅潮させて答えた。
「病気じゃないんです。えっと…おめでとうございますって。」
「“おめでとうございます”?それは…一体…。」
理由が分からず困惑する彼に彼女は苦笑いを浮かべながら耳元に唇を寄せ囁いた。

「赤ちゃんができたんです。」
「赤ちゃん?妊娠したのか?君と俺の子供が産まれてくるのか?」
「それ以外に誰の子を生むっていうんですか?」
少し意地悪そうな笑みを浮かべながら答える彼女を氷室は思わず抱きしめて言った。
「ありがとう。うまく今の気持ちを言葉で表現出来ないが、君に感謝をしている。」
「お礼なんて。わたしも零一さんとの赤ちゃんが出来てスッゴく嬉しいです。」
「ああ、二人で大切に育てていこう。」
幸せそうに頷き胸に顔を埋める彼女を愛おしげに見つめ更に腕に力を込めた。
新しく生まれてくる命を守る事を決心するかの様に…
満天の星空が彼らのこれからを祝福する様に瞬いていた。





終わり!
はぁはぁ…やっぱりイカンですね…無理に更新させるのって(泣)
いや…今回、ネタがギリギリ迄、思いつかなくて…(汗)
で、新婚&出来ちゃたと←一度逝け
これは記念小説番外編という事でご了承頂けたら幸いです(汗)
では、ありがとうございました!

センセ!誕生日おめでとうございます!